永別にしないために

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立ち上がろうと頭を傾けた時、挿しが甘かった櫛が伊藤の傍らに落ちた。 「あっ…と。すみません」 「綺麗な櫛だね。稔磨に貰ったの?」 「いえ、自分で買ったものです」 伊藤は櫛を拾って、紗恵に手渡す。 そして、ビショップを動かしてキングの守りを固めながら問うた。 「そうなんだ。じゃあ稔磨はどんな櫛を贈ったんだ?」 意図せずして、この問いは稔磨に大きな打撃を与える。 「……ない」 稔磨は酷く困惑した様子で呟く。 聞き取れなかった伊藤は問い直した。 「なんだって?」 「…まだ贈ってない」 「…。はぁ!?」 「…」 紗恵は稔磨の困惑の意味も、伊藤の驚愕の意味も理解できなかったが、とりあえず稔磨がとんでもない悪手を打ったことは理解できた。 (あーー!クイーンが取られちゃう) 稔磨らしくない悪手に伊藤は罠を疑ったが、ただのミスだと分かるとラッキーとばかりにクイーンを討ち取る。 一番の機動力を持つクイーンを失ったことにより、伊藤にも逆転の可能性が見えてきた。 いつになく戸惑いの表情を見せている稔磨を、紗恵は不思議がる。 「櫛がどうかしたんですか?」 「紗恵さん、知らないの?櫛の意味」 紗恵は頷く。 伊藤は驚きの表情を、今度は紗恵に向けた。
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