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“待ってる”  いつだってそう言って、本当に待っていてくれた。  相良の声は、真花の前でも、後ろでも上でも下でもなく、いつも隣にいてくれた。  真花の世界が拓けた瞬間、どうしようもなく相良に会いたくなった。こうして会ったらその思いは落ち着くどころか膨らむ一方だ。 「……明日、自分の世界から音が消えるとしたら、」  相良のことが知りたい。彼が言った、『助けてほしい』の意味を知りたい。そしてそんな彼を救える存在になりたい。真花の世界はまだ小さいけれど、相良に救われて、確実に拓けたのだ。相良が真花を救ってくれたように。真花もそうでありたい。 「私は、やっぱり歌いたい」  真花の言葉に、相良が目を見開いた。  その瞳は、海よりも透き通っていて、水よりも澄んでいて、空よりも寂しい。雨を忘れてしまった空は、どれだけ虚しいのだろう。 「ひとりだったらまだ無理ですけど、でも、相良先輩が一緒なら、私は乗り越えられる気がします」  真花が言い切った瞬間、頭にふわり、とした重みを感じた。相良が自分の頭を撫でていた。優しい匂いが鼻をくすぐる。暖かな手のひらが皮膚を通り越して伝わってくる。くしゃくしゃと頭を撫でていた相良の手が、そっと真花の耳裏に落ちてくる。 「―――……ありがとう」  そう言った相良の声は、まっすぐと、風に消え入りそうなほど切ないものだった。真花を見つめ、綺麗な顔が儚げに緩んでいる。優しい笑顔に、真花の心臓がドッと音を立てる。  爆音になり果てた心音に、どぎまぎとしてしまう。「えっ三隅歌うの?」と佐東の呑気な声が飛んでくる。ばっと顔をそちらに向ければ、佐東と平が真花たちを見ていた。 「三隅選手、歌ってくれちゃうんですか!」 「頭、なでなで」  嬉しそうに興奮する佐東と、別の意味で少しの興奮を見せる平。それから「おめでとうございます」と遠くから盛大な拍手を送ってくる山中。相良に頭を撫でられて頬を染めている自分を客観視した瞬間、真花のなかで、ぶわっと羞恥心が爆発した。  真花は「あーあーあー」と叫んで誤魔化す。 「はい歌います。歌わせていただこうと思います。だからちょっとほっといてください……!」 「お!じゃあ今すぐはいどうぞ」 「練習してから!まだ!まだだめ!ちゃんと練習してから!」  あまりの恥ずかしさに顔を覆った真花に、みんなの笑い声だけが耳に滑り込んできた。
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