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七
「そういや美名のクラス、今日進路相談じゃなかったっけ?」弁当を半分ほど食べたところで、莉乃が言った。
「うん、さっきやってきたとこ」
「うちのクラスは明日なんだけど、どんなこと言われた?」
「別に、大したことは何も。前の模試の結果と志望大学を確認されて、『もうちょっとがんばれ』みたいなことを言われただけ。3分もかからず終わったし」
「第一志望はどこにしたの?」
「△△大学の文学部の国文学科」
美名はその大学に行きたいという希望を、実はほとんど持っていない。ただ単に、自分が合格できそうなところで、授業料が安い他県の大学がそこだったという理由で、志望として挙げた。特に国文学が好きなわけではない。国文学科なら外国語ができなくても大丈夫そう、と思っただけだ。
「あー、やっぱ県外に行くんだ?」
「うん」
この街が人口30万に少し満たないという中途半端な規模のためか、大学進学を機に都会に出たいという希望を持った高校生は少なくない。というよりも、大学受験は親元を離れ都会で一人暮らしを開始するためのイベントだと捉えている学生が大多数だった。家から通学できる範囲にも国立大学や私立の総合大学はあるが、よほど愛郷精神に満ちた者以外は、そこに進学しようとはしなかった。
美名も、とにかく県外に出て今の家を離れたいと強く願っている。
莉乃は自分の進路についてはいまだにノーアイデアらしく、
「めんどくさいなぁ。まだ受験まで一年半もあるってのに、今から第一志望を決めさせるなんて、気が早すぎよね。これから雷にでも打たれて、いきなり何かの才能に目覚める可能性だってゼロじゃないでしょ。来年のことは、来年になってから決めればいいのよ」と多少投げやり気味に言った。
弁当を食べ終えると、
「食った、食った~」と言いながら莉乃が地べたに大の字になって寝転んだ。
そして寝転んだまま、曇る空を見上げて、
「もし放課後空いてるなら、いつもの本屋寄ってかない?」と言った。
「あ、今日わたしバスで来てて、帰りはお父さんが迎えに来るから。ごめんね」
「あ、そっか。じゃあまた明日にでも」
「うん」
いきなり、屋上の地面の上に置いていた莉乃のスマホが、コンクリートの材質とスマホの外装を擦り合わせる鈍い音を立てて、短く振動を繰り返し始めた。
莉乃は起き上がって、指紋認証で画面のロックを解除した。そして人差し指を上下に動かして、何やら操作した。
「クラスの友達からメッセージ?」と美名がたずねた。
「いや、そうじゃなくて、おとついダウンロードしたアプリの更新の通知」
「今度は、何をダウンロードしたの?」
莉乃は画面から少し目を離して、美名の顔を見た。
「誰にも言っちゃダメよ。実話怪談集のアプリ」
「かいだん?」
「そう。実体験した怖い話や不思議な話を投稿できるようになってて、誰かが投稿した怪談に”いいね“ボタン付けられるようになってんのよ。で、お昼くらいに毎日一個ずつ、昨日人気ナンバーワンだった怪談の通知が来るようになってるの」
「へえ。そんなのあるんだ」
あまり人には言わないようにしているらしいが、莉乃はかなり熱の入ったオカルトマニアだった。ホラー映画やオバケが出てくる話が好きなようで、UFOや古代文明などにも詳しい。一緒に本屋に行くと、真っ先に文庫本コーナーのすみっこのほうにある実話怪談の棚に飛んで行き、発売したばかりの怪談オムニバス集などを、眉間にしわを入れて立ち読みしている。
「このアプリ、ダウンロードしてみたら? おもしろいよ」画面を見つめたままそう勧められたが、
「いや、いい」と苦笑しながら軽く断った。
美名は、人並みに有名なホラー映画などを見たことがあるという程度で、オカルトを毛嫌いしているわけではないが、自発的にオカルトコンテンツに触れようという気はあまりない。
「莉乃も、それに投稿したりするの?」
「しないよ。だって、わたし霊感ゼロだから、怖い話なんて体験しようがないもん」
美名も今まで、幽霊のたぐいは一度も見たこともないし、怪談と呼べるような体験もしたこともない。
「霊感ってよく聞くけど、具体的にどういう状況を“霊感がある”っていうの? オバケが見えやすいってだけ?」
美名がそう尋ねると莉乃は、
「今日のはいまいち。作り話くさい」と言いながら、莉乃はスマホの画面を閉じた。
そして、続ける。
「それがね、霊感の正体ってよくわかってないのよ。見る人は繰り返し見るし、見えない人は全然見えないでしょ? だから霊感っていうのは、いわば幽霊の見えやすさを数値化したようなもんになるんだろうけど、幽霊との波長が合うか、合わないかってのもあるようだし、ただ単に、見える見えないって一次元だけの話じゃないことは確定してる。まだ未解明な部分が多いのよ」
「ふうん。そうなんだ」
「まあ完全にわかったら、それはオカルトとは言わないわよね、たぶん。もし解明できたら、それは科学っていうことになっちゃうんじゃないの。そのへんの定義はよく知らないけどさ。将来的には、物理の教科書に霊感の測定の仕方が載ってたりして」
「そんな、まさか」
「未来のことだから、わかんないわよ。先月のオカルト雑誌に、幽霊がいるかどうかを計測できる機械が開発されたって、紹介記事が出てたから」
さすがにその機械はインチキだろう、と思ったが、もちろん口には出さない。
しかしその声に出さなかった美名の本音を莉乃は感得したらしく、反論するかのように言う。
「いろいろ実験してみたらしいけど、いわゆる有名な心霊スポットで計測すると、機械の数値が跳ね上がるんだって。心霊写真って、よくあるでしょ? あれって、幽霊が出るときに特殊なエネルギーの電磁波を出すらしいんだけど、それが写真だけに写りこむんだって。だから、その電磁波を測れば、そこに幽霊がいるかどうかを知ることができるよのよ」
「本当?」
莉乃のしゃべる勢いが一気に増して、少し興奮しているように見える。好きなこととなると人は誰しも前のめりになるものだが、オカルトに対してこうまで熱く語る人もめずらしい、と美名は思う。
「もうその機械、実用化もされてて、一個2980円で通信販売してるのよ」
「意外と安いね。もしかして莉乃、それ欲しいの?」
「欲しいというか、もう注文した」
そう言った莉乃の表情は真剣だった。その幽霊を感知する機械が本当に機能すると思い込んでいるらしい。
「買って、何に使うのよ。それ持って、肝試しにでも行くの?」
「さすがに自分から進んで危険なところに行こうとは思わないけど、今自分がいる場所がどれくらい安全か、知っとけば少しは安心でしょ。今の世の中、いつどこから目に見えない危険が襲ってくるかわからないんだから。先週注文したから、そろそろ配達されてくると思う」
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