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こうして堂々と口をきいている相手は、その恐れ多い王の妃なのであるが、アルフにとって王と王妃とではあまりにその存在に差があるらしかった。
しかしそれはこの世界でアルフに限ったことでなく、ごく一般的な認識である。とにかくこの世界の王は現人神なのである。いくら血筋が尊くても王妃はただの人であり、王は神。その差は歴然としている。
リン王妃は重いものを吐きだすように、口を開いた。
「確かにアルガ王子は揺るぎない第一王位継承権をお持ち……しかしこの弱さがわたくしは心配でなりません。
もし万が一、陛下と守りの塔の姫に御子が御出来になったら。もし、その御子が男子であったなら、そして、その御子が優秀で、陛下がその子供の方が王位にふさわしいと思ったなら、アルガ王子を廃嫡にする方法はいくらでもあるのです」
「まさか! 陛下がそのように無茶なご決断をされる訳がない」
あまりに行き過ぎた想像に、アルフはつい口をはさんだ。
「まさかなどと……」
しかしリン王妃は厳しく表情をひきしめたままだった。
「これを絵空事と思っていられるとは、そなたも平和な」
リンの本当の苛立ちの原因をアルフは知った。
その危機感を否定しようにも、ブライトによく似たこの王妃は、確かな証拠でもみせない限り、全く聞く耳を持たないであろうことも想像がついた。
下級貴族からこの座についたアルフは異端児であり、宮中の人脈もなく、異例の出世により軍でも孤立し、王とのつながりも持たない。だからこそ、リンはその心情を吐露した。
その不安はアルガ王子の成長とともに大きく膨らみ、いかなリン王妃といえど押さえきれなかった。常にその不安が頭から離れない。だから唖然としたアルフの顔はむしろリンを安心させた。
まだ本当にあの二人の間に子供はいないのだ。だからこんな心配は杞憂に過ぎないのだ。
つかの間、そう信じる事ができた。
しかしそれは言葉通りほんの一瞬のことで、リンの胸中には払っても払っても拭いきれない黒雲が湧き上がってくる。
リン王妃はアルガ王子の難産がもとで、次の妊娠が望めない身体になっていた。この極秘事項はごくごく側近のみが知り、アルフは当然この事情をわかってはいなかった。
だからこそ、このリンの必要以上の焦りがあり、アルガ王子への期待はいやがうえにも高く、この王子を何としても成人させなくてはならないのだった。
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