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アルガ王子もリン王妃とも顔を合わせていない。
カイの理想の家庭像からはかけはなれた現実だった。もっとも、こうなることはわかっていた。だからこそカイは子作りを避けてきた。むしろ、思っていた事が皮肉にも証明されたかたちとなった。
医師や乳母から定期的な報告は届く。型どおりではあるが、それを受けカイも事務的にやりとりをする。リンの激しい拒絶がある以上、もはや歩み寄ろうとは、思わなかった。
それよりも。
そう、カイの心中は今、全く別次元の事に占められていた。
「ブライトはラムダの存在を不思議だと思ったことはない?」
唐突にカイはブライトに尋ねた。
「いや……まあ、不思議というよりは単純に国民に害を成す敵だからな」
「僕が王になった年のこと、覚えてる? 疫病がはやった」
ブライトはカイの質問の意味を計りかねた。が、その年のことは鮮烈に覚えている。
王位継承者が次々と亡くなったのだ。世の中は大きく揺れた。しかも顔なじみの大臣家の使用人もずいぶん死者を出した。
「あのあとしばらくラムダは出現しなかった。皆無じゃないけど、ごくわずか、形ばかり出てきて消えた。前にも言ったことがあると思うけど、ラムダは子供が多く生まれる年にはよく現れる。僕はラムダには役割があるのだと思えて仕方ない」
ブライトは眉根をよせた。カイの言っている意味がよくわからない。
カイは他人の入り込まない守りの塔という空間にいることで、饒舌になっていた。
このところ、神事のたびにこの不思議な儀式の意味を考え続けている。ずっとこの疑問を誰かにぶつけたかったのだ。
だが、それを宮殿内で側近に言うことはできなかった。王という立場で語るにはあまりに内容が禁忌であり、そしてその理論は突飛で裏付けがなかった。
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