36章

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 リン王妃はじっと揺りかごで眠る嬰児を見つめていた。  しかし、そのまなざしは、単に母親がその子供に寄り添っているだけではない、奥底に深刻な暗い光をたたえている。  リンにはわかっていた。  自分の産んだこの子供は普通ではない。普通というのを平均と言い換えたなら、つまりこの子供はおそらくその平均値に及ばないであろう。  この王子の将来を思うとリンは絶望的な気分になった。 (暗愚で王制を仕切れるものか) 叫びだしたい衝動にかられる。  侍医は結論にはまだ早い、と言っていた。  ________まだ、一歳にもおなりでないものを。 それだけが頼みの綱であるかのように繰り返す。だが、医学には素人のリンでも、その言葉を盲信することはできなかった。  反応が尋常でないのだ。というか、ほとんど反応がないのだ。  極度の難産でリンは血の涙が出るような苦しみを味わったが、仮死状態で生まれたこの子供は産声すらあげず、両手の中におさまってしまいそうに小さかった。  リンが指示するまでもなく、たちまちのうちにイオターがこの嬰児を育て上げるために、各方面での専任者を決めた。イオターも必死であるに違いなかった。この、王室を守るために存在する苦労人は、医師から真っ先に深刻な告知を受けていた。  ________アルガ王子は、全身の身体を支える力が甚だ御弱く、健全な発育は望めないかもしれません。また、遺憾ながらリン王妃さまはこのたびのご出産の影響で、次の御子を授かることはお出来にならないでしょう。  イオターはしばらく言葉がでなかった。この弱々しい王子が王室を存続できるのか。見るからに難問だった。苦しんだうえ、ともかく無事に育てることに全力を注ぐことにした。しかし、その当事者であるリン王妃は、イオターとは比べ物にならない衝撃を味わっていた。 「陛下には何も! 何もお話しにならないで! 話したらわたくしは死にます!」  医師とイオターを前に、半狂乱になった。 
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