36章

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 しかし、この重大事を実の父親であるカイに内密できるわけがない。  イオターは懸命に相談をすすめた。だが、リンは頑としてそれを拒んだ。医師の診察は推定の段階で、決定的な診断がおりた訳ではない。いたずらに王にご心労をかけてはならないと言い張る。  無論、リンの本心がそこではない事ぐらい、イオターはわかっていた。だが、リンが鬼気迫る様子で口止めを懇願してきたことと、切り札があることで結局折れた。  切り札とは、もう一人の赤ん坊である。  王とミウの間に生まれた存在の隠された御子。  ミウが寺院にいる間、様子を確認するため幾度かその赤子を見ることがあったが、見るからに健康だった。赤ん坊を見慣れた寺院のシスターたちですら、その愛らしい様子を口ぐちに褒めたものである。  アルガ王子が普通に育てば何の問題もない。しかし廃嫡にしなければならない事態に陥った時でも、その子供がいれば王の血筋は途絶えない。  そもそもそこに可能性を見出すのなら、カイさえ無事であれば、いくらでも新たな姫を用意し、子供を産ませればよいのである。  アルガ王子が王位に立てない見込みがたち、リン王妃がもはや世継ぎを産めないという二つの条件がそろえば、議会にかけてカイに第二夫人を立てることを正当化できる。いくらリン王妃が感情的にそれを否定したくとも、世継ぎという大問題の前には了承せざる得ない。  イオターはこまごまと可能性を吟味し、リンの主張を受け入れた。リンにしてみれば、ひとまず首の皮が繋がった心境である。 (わたくしが、出来る限りのお世話をすればもしかしたら)  リンは必死でその考えにすがった。カイにはこの状態を絶対に知られたくなかった。出生の儀では顔をあわせたが、ごく短い謁見だったためアルガ王子の寝ている姿しか見ていない。定期連絡で王子が順調に育っている旨を報告させれば、素直なカイは信じるだろう。幸か不幸かリンの激しい拒絶の姿勢がよくよく伝わったらしく、来訪の気配もない。  
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