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一方でリンは、アルガ王子の発達が遅延していることが外部に漏れることを何より恐れた。
まだ単に身体が弱いということにしておける乳児の時期はよい。しかし月齢を重ねるたびに、通常ならばできるべきことができない、という遅れが目立ち始めると、リンはいてもたってもいられなくなった。
ベテランの乳母こそすぐにその差異に気付く。それが怖くて次々に乳母を変えた。だが、最終的にリンは全ての世話係を退け、王妃自ら世話も教育も行う事にした。そのため産後すぐに復帰するはずだった公務は、ことごとくあきらめた。
嬰児は笑わず、懐かない。寝返りすらうとうとしなかった。リンは毎日欠かさず身体をマッサージし、手足を動かして運動させ、話かけ続けた。
その献身的な態度は、かつての冷淡で完璧な王妃の姿を知る侍女たちから見れば、別人のようだった。
これほど母性にあふれた御方だったとは。
誰にもアルガ王子をさわらせないほどの徹底ぶりに、周囲は驚きを隠せない。しかしこれは母性ではなかった。アルガ王子はもはやリンにとって命そのものであった。アルガ王子の無事が自分自身をも守るのである。
王子を人目に触れさせたくないという、ただその一点の理由で、王妃の周囲には最低限の使用人しかいなくなった。
しかし警備は別だった。むしろこの小宮殿のまわりは多くの護衛をおき、出入りは厳重に監視された。その中でも一番初めにカイから王子の警備を任命されたアルフは責任者として中心になって務めた。
自然、リンと会話をする機会も増えた。
初めに話かけられてからというもの、下級貴族など目もくれないリンには珍しく、重宝がって雑事を頼んだ。この状況下ではそういう役割をする者が必要だったし、なまじ階級が上で上級貴族につながりを持っていると、現状を漏らされる心配があったため、アルフはこのうえない人材だった。
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