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坂田紗優
意識的に指先に緊張を走らせる。
画面に集中していたかに見えた子どもが、大きく身を揺らす。前髪を切られるのに抵抗があるのだ。――美和(みわ)と、おんなじや。坂田紗優は、うっすらと頬に笑みを乗せる。タイミングを見計らい、また、ハサミを動かす。今度は、避けられなかった。子どもの集中が途切れないうちに次の作業に入る。
全体のバランスは整えた。あとは取りこぼしがないかを見極める作業に移る。この年齢特有の、艶のある細い髪を指で挟み込み、慎重にハサミで整えていく。
それからほどなくしてカットは完了した。
「はい。終わりましたよー。お疲れ様でした!」
笑顔で紗優は声をかける。
「……ありがとうねえ、紗優ちゃん」紗優は、子どもに話しかけたつもりだったが母親のほうが頭を下げた。子どもはまだ画面のなかのひとだ。色鮮やかなキャラクターたちが子どもを魅了する世界を展開している。美和も、あの番組が大好きだ。
口元に自然と笑みがこぼれることを感じつつ、紗優は子どもの顔を、続いて母親を、筆で払っていく。ケープを取り外し、続いてケープの下にしていたタオルも外す。
「めいちゃん。終わったよー」
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