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佐内の師匠と名乗る老兵法者が訪ねてきたのは、勝負から幾日も過ぎた頃である。枯れた身をより小さくしながら、弟子の死に様を聞いて嘆息した。
「あれは恵まれぬ男でした」
佐内には、夫婦の約束を交わした女がいた。だが家の事情が二人を分けた。
「心中」と最初に口にしたのは女の方である。言われた佐内も、同じ気持ちだったらしい。
愛する女を苦しまずに彼岸へ送るべく研鑚したのが「涅槃の太刀」であるという。
「涅槃の太刀は、佐内にしか使えぬでしょう。あれに必要なのは技よりむしろ死への情でありましょうから」
死に顔に浮かぶ笑みは、技の巧みさではなく心得によって生ずるのだ。
完成した「涅槃の太刀」は、しかしその女には使われなかった。斬られる前に流行り病いで亡くなったのである。
共に死ぬつもりであったのに、その機を逸してしまった。捨て鉢な気持ちで剣に死を求めたが、死ぬ気で剣を振るうと、皮肉にも勝ち続けた。
せめてもの慰めに、死を望む者にそれを与える「介錯屋」を始めたのだった。
首を断つために、研ぎに研いだ薄い刃は、打ち合えばもろく折れてしまう。いや、むしろ折れよと研いだのだろう。それは、佐内自身の姿と重なる。
「佐内殿の勝ちでござる」
心太は天を見上げた。
斬ったのではなく、佐内に介錯させられたのだ。
老剣士ははらはらと涙をこぼした。
<了>
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