第一話 東端の町アイデアル

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 グラドだった。逆光でよく見えないが、グラドの体には植物の根のような赤い筋がいくつも浮かび上がっていた。その手には、血のように赤黒く発光する回転式拳銃が握られている。起こされた撃鉄の奥で、深紅に輝く瞳がカジノを真っすぐ見下ろしていた。  「邪竜神は、邪神であって神にあらず──よって、神の規約には縛られない」  指が引き金に掛けられた瞬間、カジノは斧槍を捨てて逃げ出した。だがもう遅い。  「さらば人間、来世で会おう」  乾いた銃声が響く。無機質な残響がアイデアル・グラスの壁へと吸い込まれる。額に風穴が空いたカジノがジークとメトルルカの間で倒れたとき、すでに事切れていた。  3人にとっての長い夜は、ようやく幕を閉じた。  翌朝、野盗に襲われたアイデアル・グラスは、住民総出で片付けをおこなった。メトルルカの護身用の銃が暴発したことで絶命した野盗は、住民たちの手で手厚く葬られた。  「でも、メトルルカ神官が出て行くなんて、寂しくなるねえ」  「ええ。不可抗力とは言え、聖典に背いたわけですから……ごめんなさい」  神官でありながら人の命を奪ったメトルルカは、その身を浄化するため、神官の総本山「神峰アルカディア」へと行くこととなった。グラドとジークも、護衛として同行する。  ──ということにして、3人はアイデアルから旅立つことを決めた。もっとも神峰アルカディアが目的地であることは事実だ。完全なウソというわけではない。  旅支度を終えた3人は、町の出入り口まで見送りに訪れた住民たちと挨拶を交わす。  「ムードメーカーのジーク君がいなくなるのも寂しいけど……神様のグラド君がいなくなるのはいろいろと不安だなあ。町の加護は大丈夫だろうか……」  「ええ、それは心配ありませんよ。きっとフィズ神が皆さんを守ってくれますから」  カジノに討たれて首だけとなったフィズ神だったが、メトルルカの熱心な祈りのおかげか、今は穏やかな表情となっていた。グラドいわく、フィズ神を自分の代わりに祀っておけば、しばらくの間アイデアルの平和と安全は保たれるらしい。  「おいグラド、生首なんて祀って本当に大丈夫なのか?」  「ジークは心配症だな。オレがちゃんと話したから問題ないって」  そもそも神とは、大地の気などが集まって具現化した存在だと言う。そのため、首だけとなったフィズ神も人間とは意思疎通できないが、グラドとは会話ができるようだ。
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