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「ひ、ひい!」
住民たちは悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「はーい、天罰天罰! オイラの鉄槌は悪を許さず! なんてね!」
親子を潰した大槌は酒樽の何倍もの大きさであり、到底人間が創りだしたものではないと一目でわかった。その大槌の上にひとりの青年がしゃがんでいる。
グラドに向かって気さくに手を振る青年の胸元で懐中時計が揺れる。目は鮮やかな緑色だ。
「やあ兄弟! 会いたかったぜ! コッチに来るなら来るって一言もらえれば、人皮のじゅうたん敷いて出迎えたのに。まったく水臭いなあ!」
そして笑顔でグラドへと手を伸ばす。
「オイラはワルツォーネ・デビル。封印されしカーディナルの体だ。よろしくな!」
グラドはワルツの手を握る。次の瞬間、引き寄せたワルツを力任せに蹴り飛ばした。ワルツは放たれた弓矢のごとく噴水へと突っ込む。衝撃音とともに水しぶきが舞った。
「……オレはお前みたいな野蛮なヤツと兄弟になった覚えはないんだけど」
グラドは片足を振り上げたまま、半眼で吐き捨てた。
ところがその足を下ろす間もなく、グラドは大槌に打たれて吹っ飛んだ。その威力はグラドの蹴りを大きく上回り、屋台どころか民家の壁さえ突き抜けて飛んでいった。
「連れないこと言うなって。この世でたった5人の兄弟だろ? って、そんな遠くまで吹っ飛んだら聞こえてないかなー、にゃはは!」
ワルツは大槌を引っ提げ、大きく口を開けて笑った。
ジークとメトルルカは慌てて横穴へと駆けつける。はるか遠くまで穿たれた穴は、グラドの姿はおろか最奥さえ見えない。土煙の中、背後に気配が降り立った。
「で、お前さんたちは兄弟のお連れさんかな? ようこそ、音楽の町ソノラへ!」
2人とも振り返ることができなかった。恐怖で体が動かない。
「さっそくソノラ・グラスまでおいでよ! 近道もできたことだしさ!」
しかし、ワルツの言葉に逆らう勇気もなかった。
****
ソノラ・グラスは、話に聞くとおり、アイデアル・グラスの倍以上の大きさだった。
「グラド!」
ワルツが作った横穴を抜けると、ソノラ・グラスの壁にもたれかかるグラドがいた。傷だらけのグラドの傍らには、手をかざし呪文を唱える女性の姿があった。女性はメトルルカとよく似た純白の修道服に身を包んでいた。
「クラリッジちゃん、たっだいまー。兄弟の容体はどう?」
「問題ありません。すぐに回復するでしょう」
クラリッジの言葉にワルツは二、三度頷くと、先にグラスへと入っていってしまった。
ワルツがいなくなったことで、ジークとメトルルカは緊張感から開放された。急いでグラドとクラリッジのそばへ駆け寄る。
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