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「でも……体の傷や懐中時計はなおせても、心の傷はなかなか癒えないなあ。あの女の子の目、きつかったなあ。人間にあんな目で見られたの、何年ぶりだろ……」
憂いを帯びた緑眼は、窓の外へと向けられた。住民たちは、ワルツによって壊された町を文句も言わずせっせと直している。通りを歩く人々も、何事もなかったかのように談笑している。潰された親子のことを気にかける者など、ひとりもいなかった。
窓を眺めながら、ジークは拳を握りしめた。
「なんか、腹立ってきたぜ。町の人たちだって、殺されてもいいなんて思ってるワケねぇよ。あのワルツってやつが好き勝手してるから、従ってるだけじゃねぇか」
「そうよ。何とかあの神様を説得して、町の人を傷つけるのを止めさせなきゃ」
ジークの手から懐中時計を抜き取ったグラドは、遠くを見るように目を細めた。
「うん。でないと、オレの計画が水の泡だから……」
「おいおい、“おれたちの”だろ?」
ジークとメトルルカが笑う。グラドも「そうだね」と懐中時計の文字をなでたのだった。
****
その後、ジークとメトルルカの2人は、再び屋台広場を訪れた。
グラドは先程の騒動で顔が割れてしまったため、もう町を出歩くことは困難だろう。本調子でないことを考えると、2人で出掛けるのが得策だった。しかしながらジークとメトルルカも特徴的な服装をしているため、下手に動けない。
「だからって、侍女と掃除夫の格好かよ……」
「文句を言わないの。これだってこっそり持ち出すのに骨が折れたんだからね!」
つぎはぎだらけの服に着替えてしまえば、先程の衛士と神官だとバレることはなさそうだ。ちなみに着ていた服は、今頃グラドが洗濯をしてくれているはずだ。
「なあメト、グラドに洗濯を任せて平気なのか? 下着とか……」
「ええ。アイデアルにいたときもよくお願いしてたもの。きっと服のほつれも縫ってくれていると思うわ。グラドってああ見えて手先が器用だから、いつも助かってるの」
ジークが聞いたのはそういうことではないのだが、気にしているのは自分だけだという事実に、何となく恥ずかしくなってしまった。そんなジークの様子などつゆ知らず、メトルルカは買い物に専念していた。
「あ、薬草が安いわ。ついでにお清めの水も買って行きましょ。それに今後のことを考えると着替えも必要ね……荷馬も買ったほうがいいかしら」
ジークは誤魔化すように咳払いをし、話題を探した。
「そ、そういえば、メトのそのお金ってどうしたんだ? 貯蓄を切り崩したのか?」
「いいえ。これは皆がアイデアル・グラスに納めてくれたお金よ。本当は町やグラスの修繕費として使うのだけど、世界の危機に四の五の言ってられないでしょう」
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