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夜空に釣り針のような月が輝く。小さな星々は音もなく瞬く。
それらの光は大都市ザザには届かない。ガス灯が並ぶ馬車道を行き交う者は、誰一人として空を見上げようとはしなかった。
通りの一角に建つ大衆酒場は、仕事を終えた鉱夫や公務員たちで賑わっている。そのホールの片隅、彼らに混じって安酒を頼む若者たちの姿があった。藍色の制服に身を包んだ若者たちは、腰から引っ提げた刺剣を大事そうにしながら、泡立つカップを見つめていた。
「こういうところにくると、成人したって実感するなあ」
「そうだな。しかもおれたちは将来有望なルーキー衛士だ。ああ、酒の香りただよう空間で、神の加護を受けた刺剣を携えた若き衛士……活動写真の一場面みたいだぜ」
彼らは成人の儀を終えたばかりの新人衛士だ。そのほとんどが、地方から何日もかけてこの高度経済都市へとやってきた田舎者だ。ようやく帯刀を認められた十五歳の若者たちにとって、ガス灯も酒場も何もかもすべて新鮮で、輝いて見えた。
そのとき、カウンターに座っていた大男が若者たちに声を掛けた。
「よおボウズたち。お前らは新人だな」
白く大きな斧槍を背負った男はウイスキーをあおる。見るからに強そうだった。
「驚かせてスマンな。俺はカジノっていうモンだ。今でこそハンターをやっているが、昔は名のあるダイキリの衛士だったんだぜ。言うなれば、ボウズたちの先輩だな」
男はバーテンダーに何かを言う。バーテンダーは緑色のきれいな酒瓶を開けた。
「可愛い後輩たちにイイコトを教えてやろう。お前ら、邪竜の伝説って知ってるか?」
「ええっと……邪竜カーディナルの神話っスか?」
若者たちの前に酒が運ばれてくる。ビードロに注がれた、美しい朝霧色の酒だった。
「そうだ。だがな……あれはただの神話じゃねぇ。かつて世界を滅ぼしかけた邪竜は、本当に実在するんだ。しかも、各地に封印された邪竜の体をすべて集めれば、世界を支配できるほどの力が手に入るとも言われているんだぜ」
若者たちは甘美な香りをただよわせる酒を食い入る様に見つめた。
「それは俺のおごりだ。若造たちにはちと強すぎるかもしれねぇなあ」
そしてカジノはウイスキーのカップを掲げた。それに合わせて、若者たちも慌てて朝霧のカップを手に取った。そして乾杯の声を合図に、一気に酒をあおった。
瞬間、若者たちは気を失った。
次に彼らが見た光景は、自分たちに向かって振り下ろされた斧槍の切っ先だった。
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