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そう言うと、革袋から大金を支払った。グラドの人間離れした能力にも驚かされるが、メトルルカの肝の据わりっぷりにも心底感心させられる。
(もっとしとやかな幼なじみだと思っていたんだがなあ……)
だからこそ、彼女の力が及ばない面をフォローできれば、とジークは思うのだった。
ある程度の買い物が終わったところで、2人は街角の茶屋で一服していた。提供されたのは、焦がし豆を煮出して作った珍妙なお茶だったが、目が冴えるような苦味と香りは嫌いではなかった。暮れ始めた空に、巣へと向かうビークロウの群れが飛ぶ。
「ねえジーク。わたし……なんだか怖くなってきちゃった」
ふとメトルルカがつぶやく。木の台にもたれかかって頬杖をつく彼女は、桃色の瞳に淋しげな夕景を映している。
「アイデアルを出るときは『わたしたちが世界を救わなきゃ!』って気持ちでいっぱいだったわ。森を歩くのも野宿も初めてだったけど、怖くはなかった。だけど……この町の神様に会ってからは、震えが止まらないの。生きた心地がしなかったわ」
よく見ると、カップを持つ彼女の両手は小刻みに震えていた。
「グラドとジークは……戦う力があるわ。でもわたしは戦えない。きっとこの先も、2人に守られてばっかりになるわ。足手まといにならないか……心配で仕方がないの」
思いがけない吐露に、ジークは言葉に詰まった。むしろ、守られているのは自分のほうだ。アイデアル・グラスがカジノに襲撃された時、自分は何もできなかった。メトルルカに守られ、グラドに戦わせ──自分は懐中時計を取り戻すことしかできなかった。
「無力なのは……おれのほうだ」
ジークはお茶を一気にあおり、弱音を飲み込む。そして荷物の入った麻袋を担ぎ上げた。
「おれは、メトが障壁で守ってくれなかったらカジノにやられてた。グラドだって負けてたかもしれない。メトには誰かを守れる力がある。だから、いてくれなきゃ困る」
「……ありがとうジーク。そうね、一度決めたことは成し遂げなくちゃね」
そのとき、町に轟音が響き渡った。人々の悲鳴が空気を震わせる。
「あー、いたいた! おーい、衛士くんと神官ちゃん! 探しちゃったよー!」
怯える人々の間から現れたのは、拳を真っ赤に染めたワルツだった。陽気な声とは裏腹に、返り血にまみれたおぞましい姿だった。2人を見つけたワルツは、付着した肉片と血を振り落とし、こちらに向かってにこやかに手を振った。
「いやー、人間に道を開けさせるのも悪かったから、自分で拓いてきちゃった。そうそう、夕飯の時間だよ! ここの侍女たちのメシはウマいんだ! 早くおいでよ!」
悪いことをしているという自覚がまるで感じられないワルツに、2人は動くことも口を開くこともできなかった。先程決意を固めたばかりのメトルルカも、改めて、この人間離れした価値観を持つ神を説得する方法があるのかと、不安を感じざるを得なかった。
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