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コックテール大陸の東の果て、そこには農業が盛んなアイデアルという町がある。
土壁の家や水田、山の傾斜を利用した放牧地や果樹園など、見渡す限り牧歌的な風景が広がる。この町は争いとは無縁であり、皆、仲良く平和に暮らしていた。
町の中心には人々の祈りの場である「アイデアル・グラス」が建っている。
大抵、どの町にもこのような祈りの場は存在しており、信心深いコックテール大陸の者たちは豊穣と町の繁栄を願い、毎朝ここで祈りを捧げていた。
アイデアル・グラスは、祈りの時間を終えても人が途絶えることはない。人だかりの中心にいるのは、ストロベリーブロンドの長髪を持つ、純白の修道服に身を包んだ少女──メトルルカ・コスモポリタン神官だ。
彼女は、よわい十四ながらもさまざまな神技を使いこなす、町唯一の神官である。
「メトルルカ神官、今度新しく納屋を建てるから、土地の浄化をお願いできる?」
「ああ神官さんや、ワシのヤギの乳の出が悪くてのう。何とかしてくれんかね」
住民たちは、自分たちで解決できない問題を彼女へ相談するため、ここを訪れていた。
「ええ、わかりました! わたしがなんとかしてみます!」
彼女は屈託のない笑顔で応える。神官であるメトルルカにとって、家畜の気力回復や大地の浄化は造作もない。彼女は住民たちの平和と安寧のため、毎日尽力していた。
ただし、相談の中には彼女でも解決できない問題もあった。
「た、大変だ!」
アイデアル・グラスの大扉から大慌てで飛び込んできたのは、果樹園の管理人だった。
「果樹園にグリズリアが現れた! 収穫直前の果実がみんな食われちまう!」
グリズリアと言えば巨大で恐ろしい獣だ。すぐにでも追い払いたいところだが、彼女ができるのは祈りや癒やしの神技のみだ。戦うことはできない。
そのとき、祭壇脇のステンドグラスの枠から、何者かが飛び降りてきた。
「じゃあオレが行って、話をつけてこようか?」
メトルルカのそばに舞い降りたのは、青みがかった新緑の瞳と髪を持つ少年だった。高所から降りてきたにも関わらず、ケガどころか、風に舞う綿毛のごとくふわりと着地した。
見た目はごく普通の少年だ。首から下げられた年代物の懐中時計が鈍く光る。
「ええグラド、お願いできるかしら。わたしも後から行くわ」
グラドの登場に、住民たちは問題が解決したかのように諸手を挙げて喜んだ。
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