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いつの間にか、グラドはカジノの背後へと回り込んでいた。
「御託はいいから、オレの目が緑のうちにさっさとお帰り願いたいね」
そしてカジノの肩を引き寄せると、顎を思いきり殴りつけた。しかし、カジノはグラドの動きを読んでいた。体格からは予想もつかない身のこなしで攻撃を受け流すと、手にした斧槍でグラドの横っ腹を容赦なく切り裂いた。
グラドの脇腹から、竜特有の黒い血が噴き出す。大理石の床が血に染まった。
「グラドーッ!」
ジークの叫びも虚しく、カジノはさらに攻撃を繰り出す。斧槍の柄でグラドの動きを止めつつ、刃でダメージを与える。しかしグラドもやられてばかりでない。俊敏に腰を落とすと、腕をバネに両足で巨体を蹴り上げた。怯んだカジノの手から斧槍が滑り落ちる。
それをグラドがすかさず掴み取ると、片膝をついたカジノの首元に切っ先を突きつけた。
「さて、そろそろ降参してもらえない?」
グラドが有利になったことで、メトルルカとジークも障壁の中で拳を突き上げた。
「そ、そうよ! 降参しなさい! この罰当たり男!」
「やれ、グラド! そのまま刺してやれ!」
しかしグラドは動かない。その様子に、カジノは口を引きつらせて笑った。
「くくく……そうだよな。邪竜とは言え、曲がりなりにも神だもんなあ。ああ、ガキどもに教えてやるよ。世の中の神様ってのはな、人の命を奪えないんだよ」
その一言に、メトルルカは何かを思い出したように目を丸めた。
「……聖典による神の規約第一条、神は決して庇護生物の命を奪ってはならない……」
「そうそう、さすが神官サマ。てなわけで、邪竜サマは俺様を倒せないんだよ!」
叫ぶと同時にカジノは斧槍を奪い返すと、グラドの胸を一文字に切り裂いた。致命傷は回避したが、黒い血とともに、チェーンの切れた懐中時計が宙を舞った。
カジノは足元に落ちてきた懐中時計を拾い、年代物の文字盤をまじまじと眺めた。
「これが邪竜の懐中時計か。何の価値があるかは知らんが、もらってやるか」
一方、グラドは床を転がりながら、何とか体勢を立て直した。メトルルカとジークを囲む障壁の横で起き上がったグラドから、ボタボタと血がしたたった。
「グラド! 無理すんな! あとは、お、おれが、な、何とかしてみせるから!」
だがジークに良策などない。だがグラドの傷を見ていると、我慢ならなかった。するとグラドは障壁越しにニカッと笑った。いつもの底抜けの笑顔だった。
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