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「じゃあ、お願いしようかな」
カジノが時計を懐へしまおうとしたそのとき、体に衝撃が走った。視線を落とすと、そこには体当たりをかますグラドがいた。カジノは面倒くさそうに小柄な竜神を引っ掴むと、祭壇の巨像に向かって勢いよく投げ飛ばした。
「そんなに死に急ぐなって。どうせ俺の命は奪えないんだからムダな抵抗は……」
突然、反対側から別の力が加わった。ジークだった。ジークはカジノから懐中時計を奪還すると、メトルルカのほうへと投げた。メトルルカが懐中時計を受け取った瞬間、カジノの斧槍の柄がジークの腹へ突き立てられる。体を貫くような痛みにジークは絶叫する。
「おい、アレはもう俺様のモンだぞ? 窃盗なんて衛士の風上にも置けねぇなあ」
そう言って何度も柄で腹を刺す。血こそでないが、あばら骨はすでに砕けていた。それでもジークは、震える手で斧槍を握り、脂汗をにじませながら不敵な笑みを浮かべた。
「ならアンタは……風上にも風下にも置けない、腐れ廃棄物だな……!」
カジノの額に青筋が浮く。斧槍を回転させ、刃先をジークへと向けた。
「その生意気な言葉、あの世で後悔するんだな」
斧槍を掲げたそのとき、澄んだ歌声が聞こえてきた。振り返った先には、祭壇の前で呪文を唱えるメトルルカがいた。握られた懐中時計は、太陽のような光を放っている。
「神官め、何をするつもりだ!」
カジノは斧槍を構え直し、祭壇に向かって床を蹴った。しかしジークに片足を掴まれ、思うように動けない。
「クソっ! どけボウズ!」
ジークの腕に斧槍の先を突き刺し、強引に足を抜く。しかしメトルルカが呪文を唱え終わるほうが早かった。メトルルカは天を仰ぎ、力の限り叫んだ。
「グラディウス・ガルフストリーム! あなたの力の──解放を許可します!」
その瞬間、突き上げるような振動に全員の体が震えた。空気が揺れ、地鳴りが響き渡る。地鳴りではない。それが何者かの唸り声だと気付いた瞬間、カジノの肌が粟立った。心臓を直接握られたかのような緊張感が、アイデアル・グラスを満たす。
「こ、れは……なんだ! 息苦しい……動けない……!」
「本物の神を目の当たりにしたのは、初めてか?」
天から降ってきたのは場違いなほど陽気な声だった。全員弾かれたように顔を上げる。
月明かりに浮かび立つのは巨竜の像だ。像の片目が赤くきらめく。だが、すぐにそれが目に宿った光ではないと気付く。
「アンタの言うとおり、オレは邪竜だ。だがひとつ、調査を誤ったな」
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