Hinagallery

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Hinagallery

画廊から見る外の景色は、緩やかな坂道と街路樹。大きなガラスからは燦々と太陽の光が降り注いている。それでも作品が痛まないように、直射日光は入り口近くまでしか届かない。店内に流れる穏やかな音楽は、画廊を訪れる人たちにとって心地よい空間を生み出していた。 観光地にありながら、大通りから奥へ進んだところにあるこの画廊はいつも外の喧騒から守られている。決して大きくないこの画廊は、訪れるお客が少なくて、店員である雛野真一(ひなのしんいち)と、オーナーである雛野律子(ひなのりつこ)の二人きりになることも多い。 律子が父親の遺産を譲り受け、それを使ってオープンさせたのがこの画廊『Hinagallery《ヒナギャラリー》』だ。芸大出身の律子のセンスで集められたコアな作家の作品たちが並ぶ。センスが斬新なのか、訪れる人は少なくても、知る人ぞ知る画廊として取材されたこともあった。その気になれば大きな画廊にすることもできたが、律子は『これくらいがちょうど良いのよ』とこの小さな画廊を愛しんでいる。 店員である真一は、律子の甥にあたる。この春に大学を卒業したものの、就職先が決まらずバイトを探していた真一。丁度、律子の画廊で求人をしていたことを思い出した真一の父親が紹介してくれたのだ。 そんなに芸術に詳しくない真一は、一度断ろうとしたが律子に興味ないくらいが丁度いいわ、と言いそのまま採用となった。真一はこの竹を割ったような性格の律子に感謝した。もしあの時採用されていなければ、きっと親のすねをかじりながらダラダラと生きていただろう。 店員となって早一年が経ったころ。 律子がどのように作家の作品を買い付けてくるのか真一は知らなかったが、たまに作家自身のアトリエへ出向くことがあることを知った。 そして何度か、アトリエに作品を取りに行く役目を手伝うようになっていた。大抵は律子と同伴で行くことが多かったのだが、最近は何度か行った作家であれば真一だけで出向くこともあった。 「真一君、柳先生のところは行ったことあったかしら?」 メガネをかけて手帳を見ながら、律子がそう言うと、ガラス窓を拭いていた真一が答える。 「柳先生、ですか?いえ、行ったことないですね。ええと確か、日本画の先生ですよね」 「よく憶えていたわね、ここには一点しかないのに」 画廊の一番奥で、ひっそりと飾ってあるその絵は薄墨の儚い線で人物が描かれていた。水墨画とはまた違うその絵のジャンルを、真一は知らなかった。 「二点目の絵を購入したの。悪いんだけど明日、先生のところへ取りに行ってくれないかしら?少し遠いから車で行った方がいいわ」 そう言うと、机の引き出しから車のキーを取り出し真一へ渡す。七宝焼きの大きなキーホルダーは律子の大好きな作家の作品だ。 「物静かな作家さんなんだけど、ちょっと訳ありだから……。まあ、真一君は人当たりもいいからきっと大丈夫ね」 「何ですか、その脅し言葉は」 真一は帰宅中の電車の中で、スマホで柳のことを検索する。購入した作品を取りに行くだけではあるが、相手のことを知って挨拶しなければ、といつも先に確認して行くのだ。 柳総一郎(やなぎそういちろう)。日本画家。まだ年齢は三十二歳と若手である。得意とするものは水墨画だが最近は水墨画とデッサンを融合させたような作品を描いている。まだまだ作品数は少なく、大きな展覧会での受賞作品もない。画像検索で他の作品を閲覧していると、柳本人の近影が掲載されていた。 少し長い髪を後ろで束ね、眼鏡をかけていた。くすんだ赤紫色の着物で庭に佇んでいる。画家というより、小説家の様な印象の柳の顔は少し頰がこけていて、物静かと言うより不健康そうだ。 (三十二歳か……) 柳は自分より若い真一を見て、どう感じるだろうか。画廊の社員でありながら、芸術に全く興味のない真一に冷たく当たるかもしれない。以前行った作家に、けんもほろろな扱いを受けたことがありちょっとした苦手意識がある。 スマホから目を離し、外の流れて行く風景を見つめた。丁度橋脚にかかり、川が夕日の光を受けてキラキラしている。河原では少年たちがキャッチボールをしていた。
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