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僕が、都倉真咲を抱きしめるのを目撃しても、
驚きも憤りも一切を見せなかったあの、マキが、わななき、この僕に掴みかかっている。襟首を掴まれたままにされ、舞台上に引きずり出されかかるのだが、たちまち、冷静さを保ちたいほうの僕が、傍観者を選ぼうとする。
『彼女』流に言えば、これは防衛機制だ。
弱っちい自分を守ろうとする、こんなのは現実じゃないんだとかボクのことじゃないんだとかそういったたぐいの現実逃避を含めた。
「てめ。黙ってねえで吐きやがれ。あいつを……都倉をどう思っている。言えよっ!」
そうして。
古傷を負う膝をついて僕に迫る、感情を爆発させるマキを、どこか、他人ごとのように眺め始める。
僕らは元はといえば他人だった。
いずれは別れ別れになり、散り散りに死んでいく。
そんなのはとっくに知っている。前山さんのことからも明らかじゃないか。
『がんなげよわたし』
はっ? と言った僕に彼女は肉付きのいい健康的は頬を緩ませ、こう笑った。
末期がんながよ、と。
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