梅雨明けのメモ

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 商店街を出る時、私は手にお肉や芋、ニンジンなどが入った袋を持っていた。 「……ん」  袋の中身を確認する。大丈夫、特に買い忘れたものは無いようだ。顔を上げて商店街から離れた時、頬に水滴が落ちた。  ふたたび雨が降り始めてきたらしい。しまった、傘は持っていない。走って帰ればここからなら五分くらいで家に着くけれど、雨に濡れるのも嫌だし鞄に入っている本も濡れてしまうかもしれない。それに午前中の雨も、気が付かないうちに上がっていたのだから少し待っていれば上がるだろう。  私は目についた薬局の雨よけの下で、少しの間雨宿りをさせてもらうことにした。  シャッターが下りていて紙が張られている。火曜日の欄が赤いのを見ると、今日は定休日らしい。  少し雨の音が強くなってきた、どうやら予想よりは雨宿りが長くなりそうだ。  しばらくしたら雨が弱まってきた。霧のような細かい雨が降っている。これくらいなら走って帰れそうだ。走るのはあんまり得意じゃないんだけど。  鞄を背中からお腹側に回して、抱きかかえるように持って走り出す。雨粒が眼鏡のレンズに当たっては落ちていく、前があんまり見えない。  少し走ると家が見えてきた。こういう時、家が近いのは楽でいい。  家の前に黒い車が見える、先ほど見た高級車だろうか。あんな車の持ち主がうちの様な小さな本屋にどんな用事があるのだろうか。 「ただいま」  家に入ると、話し方や表情、声に至るまでお淑やかさをコートのように着込んだ雰囲気のおばさんが私の父と話していた。 「ああ、おかえり文子。雨大変だったな、お風呂温めておいたからまずはお風呂に入ってきなさい」  父は私に気付き、気を遣った言葉を放つ。  レジのある机の上に沢山の本が置いてある。 「私もお客様の話を聞いた方が……」  私が戸惑った様子を見せているとおばさんが口を開いた。 「あらあら、ごめんなさいね、もう聞きたいことは聞いたから私は帰るわ」  おばさんは少し申し訳なさそうな表情を浮かべて一歩引いたように見えた。 「いえ、出来れば私にも話を聞かせてもらえませんか?」   このままだと私が追い出してしまったかのように見えてしまう。誰も見てはいないけれど。  それにおそらくこの人、何か困りごとがあってこの店に来たということは見れば分かる。困りごとでも無ければボロいお店でこんな雰囲気の人が父と話し込む理由が無い。お客だというのならまだしも、この人は荷物を何一つ持っていない。ならそういう場合は父だけだと少し頼りない側面もある。この人は優しいけれど頭の回転は、まあ、ゆっくりな方だろう。 「ええ、まあそれは構わないのだけど、あなた早く着替えないと風邪をひいてしまうわ、待ってるので早く着替えていらしたら?」 「はい」  本屋である一階のレジの奥にある扉を通り、そこから木造りの少しだけ急な階段を上がると自分の部屋がある。  部屋に入ってすぐリボンを外して制服とシャツを脱ぎ、ハンガーで壁に吊るす。中に着ていた白いTシャツは着たままで左にある箪笥から鈍色のパーカーと、ジーパンを取り出して着た。ついでにタオルを取り出して濡れた髪の毛を拭きながら窓の外を見る。雨は激しさを取り戻し、風は勢いを増していた。 「わあ、危なかった」  さっきのタイミングで帰ってこられてよかった。  そんなことを考えながらタオルを首にかけて階段を下り一階の本屋に戻る。  一階にはおばさんと父が私を待っていた。
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