梅雨明けのメモ

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   次の日、私はお店の中で美輪さんを待っていた。  学校は休みなので、朝から美輪さんに連絡して手帳の件の報告をした後で手帳を含めたご主人のことや、出来たら美輪家の金庫のことを話し合うことになったからだ。  時刻は午前十一時と三十分を少し回ったところ。今日は雨は降っていないが天気がいいとも言えない。じめっとした空気がまとわり付く様で少し鬱陶しかった。エアコンの除湿機能は本当に便利だ。  ブロロという音がお店の前から聞こえ、扉が開く。  美輪さんだ。 「こんにちは美輪さん」  私は入ってきた美輪さんに普通にあいさつをする。  外から入ってきた美輪さんの周りの空気は、この部屋よりも湿気が多く気持ち悪くて暑いはずなのに、美輪さんはそれを感じさせることなくあいさつを返してきた。 「こんにちは。お待たせしてしまったかしら?」 「いいえ、お越しいただく予定の時間は十二時だったのでむしろ早い位ですよ」  少しはにかみながら美輪さんを奥の客間に通す。 「お店の中で立ち話というのもなんですのでどうぞ奥の部屋にでも」 「ええ、ありがとう」  美輪さんが座るのを確認してお茶をだす。 「あら、ありがとう」 「早速ですが、質問してもいいですか?」 「いいわよ。何かしら?」  美輪さんは私の出したお茶を飲みながら答える。 「どうして、ご主人が亡くなったことを隠していたんですか?」  美輪さんの動きが一瞬止まる。除湿器のおかげなのか、少しひんやりとした空気が流れてきてる気がするが、それにしてはさっきよりもじめっとして重たい気がする。 「……ごめんなさいね。でも隠していたわけじゃないのよ。……ただ、主人が亡くなってから主人の残した遺産相続に食い込もうと躍起になっている人たちが、私や娘の周りに沢山いてね。あなた達のことを信じてはいたけれど主人の死を知らないと知って、つい教えないままにしてしまったわ……不快にさせたのなら謝るわ。ごめんなさい」 「なるほど」  確かに美輪さんはこの辺りでは有名なお金持ちらしいから、相続問題なんかは色々な摩擦や軋轢が生まれるんだろう。金持ちには一般人にはわからない悩みがあるのだ。 「分かりました。では手帳の件なのですが……」 「あ、その件なのだけど手帳ね――家にあったのよ」 「えっ、あったんですか?」 「ええ、頼んだのにごめんなさいね」 「いえ、あったのなら良かったです。どこで見つかったんですか?」 「主人の書斎にありました」  一番ありそうなところじゃないか、最初に探しておいてくれればよかったのに。 「それは良かったです。じゃあもう問題は解決したということで大丈夫ですか?」  これで今回の問題も終わりかな。 「それがねえ……」 「どうしました?」 「それが、手帳は見つけたのだけれど、肝心の番号が書いてあったかもしれないページが破られてなくなってしまっているのよ」 「えっ」  えっ。  えっ。  そんなことが?  そのページだけピンポイントで?  ありえない。  偶然――なわけがないよね。  おそらくご主人が何らかの意図があってそのページを破ったんだ。  なんでかは分からないけど。  ……わからないなら、行ってみるしかないか。 「美輪さん」 「はい?」 「美輪さんのお宅に伺ってもよろしいでしょうか?」 「あら、破れたページを探すのも手伝ってくれるのかしら?」 「ええ、ぜひ手伝わせてください」 「……それは私もありがたいのだけど、どうしてそこまでしてくれるのかしら? あなたには何も利益が無いはずだけれど?」 「そう……ですね――」  確かにそうだ。私がこの問題にどれだけ関わっても私にとって利益は何もないけど――けれど仕方がない。もう私はこの出来事の終わりが気になって仕方がなくなってしまっている。 「――でも、仕方がないです。最後まで見たくなってしまっていますから」 「――っ。ふふ、わかったわ。最後までよろしく頼むわね」  美輪さんは少し目を見開いて驚いた後に笑みをこぼした。  私たちはすぐに美輪家に向かうことにした。
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