梅雨明けのメモ

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 外はもうすぐ夕方、太陽も隠れてしまう今日の夕方はすぐに暗くなる。  私たちは美輪さんの家の最初に案内されたのと同じ和室で机を囲んで座っていた。 「どういうことかしら文子さん、もうあなたはメモの場所が分かったってこと?」 「はい。すごく単純な疑問なんですけど、私が最初に感じた疑問は何故仕事人であるご主人がほとんど関わっていなかった麗香ちゃんに突然写真を渡したのかです。これはご主人の手帳――まあ麗香ちゃん日記みたいになってましたが、これを見ればすぐにわかりましたね。ありていに言えば親バカだったのでしょう。そして麗香ちゃんの答えですぐにわかりました――大事にしてくれ、安心しろ――ご主人の言葉はそのままの意味なんじゃないでしょうか? 大事にしてくれれば安心して生活できると」 「ええ、それはそうかもしれないけれど、あの写真は私も見たけれど特に何も書いてなかったわよ」 「そうですね。写真には何も書いていなかったんです。考えてもみてください、麗香ちゃんのことで手帳がいっぱいになるほど愛していたのに最後以外はほとんど関わらなかった人です。単純に写真に書くなんてしない気がします。そして麗香ちゃんが言っていた硬い写真。普通の写真も、まあそれなりに硬いでしょうがそれは当たり前です。通常より一層硬くなければ硬いなんて言葉は出てこないでしょう。子供の五感は鋭いですからね。私たちがこんなものだろうと感じるわずかな違いも感じ取ってしまいます」  美輪さんは映画を見ているように前のめりで聞いている。 「ではなぜ硬かったのか? 簡単です、おそらく一枚ではなかったのでしょう」  私は立ち上がって写真を手に取る。 「一枚じゃない?」  そのまま写真立てから写真を取り出し―― 「二枚重なっていたんですよ。ピッタリと。だから写真は一枚に見えたし、少し硬かったんです。気になりませんか? わざわざ写真を二枚重ねた意味が。それは、こういうことです」 ――シールをはがすように写真を裂いた。 「――!」  美輪さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。  横を見ると麗香ちゃんも同じ顔をしている。さすが親子というべきか、そっくりだ。  案の定写真と写真の間にはメモがあった。  これで今回の問題も解決かな。 「……」  ふと美輪さんを見ると何やら悲しそうな顔をしている。 「どうしたんですか?」 「いや、どうかしたというわけじゃないの、ただこんな大事なものを私じゃなくて麗香に渡すなんて、私は主人から愛されて――信頼されてなかったのかしらね」  悲しそうに美輪さんは微笑む。  ご主人が麗香ちゃんを愛していたのは手帳を見ればわかるけど、奥さんに対しての記述が少なかったのは私も気になっていた。  ご主人が美輪さんを愛していなかったのか、本当のところどうだったのかは私にはわからなった。    でも―― 「美輪さん、写真は二枚重なっていました。一枚目は家族写真、ご主人の顔が少し引きつっています」 「ええ」 「二枚目はあなたと二人の写真です。辛うじてカラー写真ではありますがだいぶ古い写真です。見てくださいこのご主人の笑顔。大事にしてほしい写真にこの写真も入れるくらいです。大丈夫ですよ、ちゃんと愛して信頼していたと思います」  ――この写真を見てすぐに分かりましたよ。ご主人は、不器用なだけなんだって。  美輪さんはさっきとは違って素敵に微笑んでいる。 少しだけ、目に涙をためながら。
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