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三.
見渡す限りブドウ畑の村から歩くこと数時間、辿り着いたフィレンツェ市街は、想像していたよりも人に溢れ、想像していたよりも大きな建物が立ち並び、オレンジに統一された屋根も美しく、何よりも中心にそびえ立つサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂には声も上げられぬほどの驚嘆を覚え、呆然と見上げていると、
「これを見るのは初めてかね?」
ふいに背後から声を掛けられ、驚いて振り返るとそこには恰幅の良い一人の男の人がおり、一緒に大聖堂の頂きを見上げ始めました。
「はい」
答えつつもアンジョレッタが戸惑っていると、
「もしかして地方から出てきたばかりなのかな?見たところ一人のようだが、御家族は一緒ではないのかね?どこか行く宛はあるのかな?」
やや太り気味ではあるがかなり高貴な紳士では無いかと見えるその中年男性が、本当に心配している様子で尋ねてきました。
「あの、いえ……わたし、グレーヴェから出て来たばかりで……その、事故で家族をみんな失ってしまって、どうしていいかわからずに……でもきっとフィレンツェまで来れば、何か仕事も見付かるだろうと思って……でもやっぱりどうしていいのかわからなくて……」
言いながら両手で顔を覆いすすり泣くような素振りを見せ始めたアンジョレッタに、紳士は大きく首を振り哀れみの眼差しを向け、優しく彼女の肩に手を置くと、
「それならば私の所へ来なさい。私はアロンツォ・ベルティーニと言って、この街で金融業を営む者だ。私の所で家政婦の仕事をするといい。部屋も用意しよう。困っている者を見過ごせないたちなものでね、他にも君のような身寄りの無い者たちに家のことを色々手伝ってもらっているのだ。同じ境遇同士、きっと彼らともすぐに仲良くなれるはずだよ」
そう言って優しく微笑みました。
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