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八
彼女の紡いだ物語はとても興味深く面白かった。
そして彼女は恐らく自分の創作話に自分をなぞらえることで十二時前に帰ろうとしている、空想好きで話上手で後腐れを嫌う、情事に慣れた夜の女と言ったところか。
だがそれは私の好奇を煽るには充分であり、どうせなら彼女の話に乗っかって十二時を迎えてみたかった。
人が突然消えるなど有り得ない。
が、こんな手の込んだ言い訳をする彼女が十二時になった瞬間にどんな顔をするのだろうかという悪戯心もあり、何よりもこの、日本語も堪能で話上手で創造的な美しい異国の女と、もっと共に過ごしたいという欲求が湧き上がっていた。
しかしそんな私の思いなど見透かしたように再び背を向けると、
「さっきも言ったでしょう?アンジョレッタは、自分が消える瞬間に見せる男たちの化け物を見るような目が大嫌いなのよ」
扉に手を掛けて言ったが、
「あぁ、でも、大事なオチを忘れてたわ」
と振り返った。
「なんだい?」
よし、ここで上手く話を繋ぎ続ければ十二時まであと三分も無い、なんとか留められるか……?
しかしやはり女はそんな私の目論見など見透かしたような微笑を送り、
「シャルルが描いたシンデレラは帰る時にガラスの靴を残して行ったでしょう?でもそんな靴、とても現実的じゃないし当然アンジョレッタも履いてはいなかった。でもアンジョレッタが受けた呪いは、彼女と寝た男に一つだけその余波を残すらしいわ、ガラスの靴の代わりにね。どこかで歳を取った後のシャルルの肖像画、その首元を見た時に気が付いたのよ。あなたも後で鏡を見るといいわ。たぶんだけどね、その首のキスマーク、一生消えないわよ。じゃあね」
一気にまくしたてると、私の答を待つことも無く素早く扉を開きその隙間をすり抜けるように去って行った。
残された私が首を振ってため息をつき、スマホを手に取るとちょうど時刻が十二時になった。
不思議で面白い夜だったな、などと思いながらバスルームへ入りシャワーを浴びがてら鏡を覗くと、確かに首の左端に、いつの間に付けられたのか少し大きめのキスマークが見受けられた。
そしてさらに確かに、この赤いあざのような彼女の痕跡は、それから三ヶ月が過ぎた今でも全く薄れることも無く、Yシャツの襟に隠された私の首元に残っているのであった。
終
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