はじまりのころ

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はじまりのころ

 ここはとても暖かいところ。  多分、私が元いた世界とは違う場所なのだろう。自分でもわかる。  柔らかな日差しは程よく暖かくて気持ち良く、それほど強いものではない。  ぐるりと見回してみると、辺りは一面緑色。  ここは、公園の広場だろうか?  私は適当に、寝心地がいいところを探してみた。  すると、すぐに良さげなところを見つけたので、ごろんと横になって丸まってみる。  この時点で、お気づきの方もいることだろう。  私は、人と呼ばれる存在ではない。  では、なんなのかと言われると……。 「おい。ちーちゃんじゃないか?」  私は声をかけられ、顔を向ける。 「にゃ?」  それが私の声。これでおわかりでしょう?  そう。私は猫。性別は雌。皆からは『ちー』と呼ばれていた。それが名前なのだろう。  私はかれこれ、二十数年は生きてきた。  猫のなかでは、かなり長生きをした部類に入るのではなかろうか? 「久しぶりだなぁ」  私は、男の人に抱き上げられた。  その人は、老人と呼ばれる年齢に差し掛かっているような、男性だった。  見知らぬ人ではない。  私はこの人の事をよく知っている。  いや。……知っていたと、過去形にした方が適切か。  何しろ、随分と会っていないのだから。  この人は、かつて私が住んでいたお家の、お父さんだ。  けれど、変だな……。  どうしてお父さんが、ここにいるのだろう? 「うにゃ~」  どうしてここにいるの?  と、素直に言葉で聞けたらよかったのに。  残念ながら私は猫。人の言葉を話すことは、未だ叶わないようだった。  私は少し、考えてみた。  お父さんがここにいるということは……。 「俺はさ。肺癌になって死んじゃったんだよ」  ああ、やっぱり。そういうことになるのか。  死者が集う所。  ここは多分、天国と呼ばれる世界なのだろう。  私は、現世で二十数年も長生きをしたからか、人と同じように物事を考える事ができるようになったみたいだ。  前に聞いたところだと、猫というものは非常に長生きをしたら尻尾が二股に分かれ、猫又と呼ばれる妖怪になるそうな。  まぁ、私の尻尾はかぎ爪のようにひん曲がりすぎていて、割れるような代物ではないのだけども。  私の人生……いや、猫だから猫生か。  特に何もすることもなさそうだし、退屈なので、誰にというわけでもないけれど、自分の猫生を語ることにしようかな。 「ちーちゃん」  私はお父さんに抱きかかえられながら、そう思っていた。  何だか懐かしいな。  暖かくて、幸せな気持ち。
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