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その後、二人は音楽室で昼食を共にした。翼は何も話さなかったし、彩夏も何か訊いてくるわけでもなかった。
昼食を食べ終わった後、翼は何もする気が起きなくて音楽室の床に寝そべっていた。新学期が始まってすぐのこのご時世、クーラーなんて必要ない。
意味もなく天井を呆けて見ていると、またスマホが震えた。今日だけでいつもの十倍近くは震えている気がする。いつもは良平との与太話や成瀬姉妹との戯言の言い合い程度くらいしかしないから、なかなかイレギュラーなことだ。
相手は彩夏だった。
〈寝てました?
声で返事をするのが何だか面倒だったので、翼も「起きてるよ」とメッセージを打ち込んで送信する。彼女は翼を気遣ってか何なのか、声で返事をしなかったことを良いとも悪いとも言わなかった。
ピアノはいつからやっているんですか?
気が付いたらいつも弾いてた
ピアノ以外の趣味はあったんですか?
なかった
一つも?
一つも
友達と遊ぶことは?
それは普通にあったよ。だけど月に三回あればいい方だったかな
その後か何度もやり取りを繰り返しているうちに、こんな話になった。
〈ツバサさんは、好きな人とかいないんですか?
それはさすがに変化球過ぎて、翼はぶっと吹き出してしまう。
「は、はあ? 何言ってんの急に……」
〈やっとしゃべった(笑)
〈無理に私に合わせなくて良いですよ?
「いや、別に合わせたわけじゃ……」
〈じゃあ、なんでですか?
なんで? そう聞かれると分からない。
「それ聞くのはずるいでしょ……」
〈そうでしょうか?
明らかに楽しんでいる様子の彩夏がピアノの近くに見える。
〈それで、好きな人はいないんですか?
「いないよ」
そんなの、いた例がない。
〈私はいますよ
何の報告だろう。今日顔を合わせたばかりの人にそんなこと、普通は言わない。
「あぁ、そう」
翼は言いながら立ち上がる。そろそろ昼休みが終わる時刻になっていたからだ。
〈あ、もう昼休み終わりですね
彩夏はそれを翼に送ってくるなり、足早に音楽室を出ていった。その足取りはとても軽かった。何がそんなに嬉しかったんだろう。
まあいいや、考えても分かることじゃないし、僕もそろそろ帰ろう……。
音楽室を出て教室へ戻ると、ちょうど昼清掃の時間になった。
「お、翼帰ってきたか」
席が翼のすぐ後ろの良平に真っ先にそう声を掛けられる。
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