5人が本棚に入れています
本棚に追加
1
音楽室の中に入った翼は、まず息を呑んだ。そこにいたのは見覚えのない一人の少女だったから。そして、その彼女が発する歌声を直接聴いたから。
瑠璃色のラピスラズリみたいな、七月の蒼穹のような、真っ青に澄んだ声色をしていた。さっき感じた通りの繊細さ、優しさ、声に芯があるのも変わらない。それに加えて、少女全体にどこか儚さを感じる。
しばらくその姿が目から離れなかった。すると、先に彼女の方が翼の存在に気づいたらしく、ふと歌声が止んだ。ゆっくりと翼の方を向くが、彼の方は何一つ反応できなかった。
彼女と目が合う。キョトンとした視線はどこか幼気で、制服の隙間から覗く色白な肌は窓から差し込む陽の光でさらに白く見える。翼より頭一つ分か、それよりさらに低いかというくらいの身長という小柄で華奢な体つき、短めの黒髪。
そんな彼女が、突然ぎょっとしたように表情を歪ませた。見る見るうちに顔が赤くなり、恥ずかしさ故かその顔を両手で覆い隠す。さらにはその場にしゃがみ込んでしまった。
「え……えぇ?」
翼は途方に暮れる。まさか、見てはいけないところを見てしまったんだろうか。
「え、えぇっと……大丈夫?」
とりあえずそう声を掛けてみるが、彼女の反応はない。どうしたものか……。
「その、ゴメン……まさか人がいるなんて思わなくて……」
苦しい言い訳だとは百も承知だったが、そうでも言わないと彼女が納得してくれないような気がした。彼女は未だ沈黙を続けたまましゃがみ込んでいる。
しばらくして、彼女は幾分か落ち着いたらしく立ち上がった。けれど両手で顔を仰いでいる辺り、まだ熱いことは熱いのかもしれない。
「大丈夫?」
もう一度聞くと、彼女は頷いてくれた。それから困ったように耳にかかった髪をいじる。気まずそうに目を逸らすその仕草が、初対面の人が相手でありながら「可愛らしい」と思ってしまった。
どうしたんだろう。人見知りなのかな?
思っていると、彼女は突然ポケットからスマホを取り出した。何か操作して、画面をいきなり翼の方に向けてくる。
「――っ⁉」
LINEのQRコードを表示させていた。
え、何? 初対面でいきなりLINEの交換? まだ一言も話してないのに?
「え、これ、どういうこと?」
そう聞く他になかった。すると彼女はハッとしたように表情を変え、またスマホを操作する。表情の変化は激しいが、未だに彼女の行動の真意が読めない。
最初のコメントを投稿しよう!