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再び向けられたスマホにはチャットメールの画面が表示されていた。
『何も聞かないでください』
意味深な言葉だった。
「は?」
彼女はまたスマホの上で指を走らせる。
『何も聞かないでLINEの交換をお願いします』
何が何だかまるで見当がつかないが、そこまで言うなら……。翼もポケットからスマホを取り出し、LINEのQRコード読み取り画面で、彼女がいつの間にか向けてきていたQRコードを読み取った。不思議な経緯で初対面の少女とLINEの交換をしてしまったことに首を傾げていると、早速彼女の方からメッセージが送られてきた。「サヤ」とあった。
サヤ〈ありがとうございます
〈それと、ごめんなさい
〈いきなりで戸惑いましたよね……
三件連続でそう送られてくる。気休めにしかならないくらいの安っぽい言葉を、翼は打ち込んで送信する。
ツバサ〈大丈夫だよ
送った直後、彼女――サヤの方から「あなたは普通にしゃべってください」と送られてきた。
「あ、そう。あの、君の名前って……」
言い終わらないうちに彼女の方からメッセージが送られてきた。フリック入力だとしても、打ち込むスピードが異様に早い気がする。
〈はい、速水彩夏と言います
やはり彼女の名前らしい。LINEアカウント程度に偽名を使う人がいるなんて、見たことも聞いたことも無いが。
また彩夏の方からメッセージが送られてくる。そこには「一方的にはなりますが、まず私のことを説明させてください」とあった。
「説明?」
彩夏は頷く。メッセージはさらに続く。
〈まず、どうして私がこんなに面倒なことをしているかについてです
〈きっとツバサさんは、「普通に話せばいいのに」と思っているはずです
言い当てられて顔が引きつる。翼が苦笑すると、それを見た彩夏も少し笑った。
〈良いんです。そう思うのが普通ですから
〈話を戻しますね
もう何度もそうしたように、彩夏がスマホを操作してメッセージを送ってくる。
〈私、声が出ないんです
「…………え?」
どういう、ことだろう。声が、出ない?
声が出ない。それはつまり失声症ということだろう。だが、齟齬がある。どうして声が出ないのに歌を歌えるんだ?
いやいや、それはおかしいとかぶりを振る。だって彼女は、今しがたまでここで「スカーレット」を歌っていたじゃないか。
訳が分からなくて唖然としている翼のスマホ画面に、彩夏からの言葉が続く。
〈歌っている時だけは平気なんです
〈でも、それ以外の時はどれだけ頑張っても出なくて……
〈自分でも原因が分からないままなんです
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