第一章:似た者同士

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 そうだったのか。だから初対面の僕に、いきなり「LINEの交換をしてくれ」なんて訴えてきたんだ。 「そっか」  大変だったね、なんていう言葉は言えなかった。きっと、翼が想像している以上の苦労を彩夏はしてきているだろうから。 「それで、速水さんはさ」  今度は翼が()く。 「今日は、なんでここに来たの?」  〈今日は、というより、時々来るんです  〈いつもはツバサさんがいない時だったんですけど(汗) 「え、うそ? 全然知らなかった」  彩夏はさっきより分かりやすく笑った。この子、こんな風に笑えるんだ。失礼だとは分かっていてもそんな風に思ってしまう。  〈ツバサさんは、いつもはどうしているんですか? 「いつもは……昼ご飯食べた後はスマホ触ったりピアノ弾いたり、かな……」  そんな大それたことを言ったわけでもなかったけれど、彩夏は突然目を輝かせた。  〈え! ツバサさん、ピアノ弾けるんですか!?  その文面を見るだけで彼女が興奮しているのが伝わってきそうだ。 「まぁ、一応」  〈すごい、かっこいいです!  翼は驚く。今までピアノをやっていることを誰かに話した時、大半は「女みたいなやつ」だとか何だとかいうからかいだった。こんな、純粋に褒められることなんて、翼にとってはほとんど初めてのようなものだった。  〈せっかくだから、何か弾いてみてくださいよ! 「え、えぇ~……」  ムチャぶりにも程がある。翼はチラッと目の前の彩夏を見ると、彼女の期待に溢れた視線が痛いほどだった。  別に弾くのは構わない。ただ、人に聴かせられるような状態じゃないのが嫌なだけだ。それでもここまで期待されてしまっては弾かざるを得ないような気もする。 「わ、分かった……弾くよ」  言うと、彩夏は目をさらに輝かせた。翼の手を無遠慮に取って、ピアノの方へずんずん進んでいく。 「分かった! 分かったから、そんなに慌てないでよ」  何なんだろう、彼女は。声が出ない分、行動や表情で自分をさらけ出しているのか?  ピアノの椅子に座らされた翼は、鍵盤に目を落とす。できるだけ、彩夏から向けられている期待を直視しないように。  昨日、コンサートホールのステージでそうしたように、深く息を吸って吐く。ピアノの椅子に座らされた時点でとっくに腹は括っていた。
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