バニラの大地は硬い

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「すいません、アイスクリーム」 そう言えば、小腹が空いていたな。時間はまだ六時半前、朝飯と言うにはまだ早すぎる。朝から駅弁はキツイ、かと言ってサンドイッチのような軽食の気分でもない。朝飯を食べるなら名古屋に降りてからガッツリと牛丼チェーン店の朝定食なり、駅そばで済ませたい。しかし、腹も減っている。 そんな訳で私は名古屋に着くまでの空いた腹をアイスクリームで満たすことにした。私も新幹線パーサーを呼び寄せてアイスクリームを注文する。 アイスクリームを頼んで数秒後、若い男がこちらにも聞こえるような声で叫びだした。 「なんだこのアイス、硬いじゃないか」 あの男、新幹線のアイスの洗礼を受けたか。私はちらりと後ろをみた。 若い男はアイスクリームにスプーンを突き刺そうとするが、硬すぎてスプーンの先に僅かにへばり付くぐらいのアイスクリームしかとることが出来ずに困っていた。新幹線のアイスクリームは空気の含有量が少なくて鉄のように硬い。間違っても強引に力押しなんてしようと考えないで欲しいものである。 「ぐわっ!」 力押しでアイスクリームにスプーンを押し込もうとしたら、曲がったか、弾かれたかと言ったところだろう。力押しじゃあ、新幹線のアイスクリームにはありつけない。  さて、強固な白亜の要塞たる新幹線のアイスクリームには幾つかの攻略方法がある。 私も新幹線のアイスクリームには苦労させられたものだ。初めての時は歯も立たずにガリガリとスプーンの先端で少しずつ削って食べたものだ。端っこを削ってコーヒーを投入したこともあった(案外美味しい)。窓際の直射日光で溶かすのもいいが、時間のさじ加減が難しい、迂闊に忘れてしまえばバニラドリンクと化する。  私が導き出した結論は、フタを開けたまま五分放置することだ。その五分と言う時間が絶妙でいい溶け方をする。多分だが、私の他にも時間に差こそあれこの結論に辿り着いた者は多くいるだろう。  品川を出て五分…… 今フタを開けて放置すれば、新横浜に着く頃には最高の食べ頃になっている。私はそれを期待してアイスクリームのフタを開けて、その上にスプーンを突き立てた。アイスクリームそのものが極めて硬いせいでスプーンは岩に刺さった聖剣(エクスカリバー)のように屹立している。 あと五分後には聖剣(スプーン)を引き抜き、丁度いい具合に溶けたアイスクリームの甘みと言う祝福を得るだろう。こんな中二病みたいな想像をしていると、昨日(今日)はあまり眠れなかったぶり返しが今になって来たのか急に睡魔が襲ってきた。  聖剣(スプーン)を引き抜く英雄に襲いかかる睡魔の侵攻は激しい。瞼が重くなると同時に体全体もこっくりこっくりと船を揺らすようになる。 うーん、あと五分…… ゆっくりさせて欲しい。睡魔にはつかの間の勝ちをくれてやろう。あと五分後には睡魔もアイスクリームの冷気魔法で撃退されているだから。 
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