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第12話 お祭り前日
翌日、5月12日、午前9時。緑川家。
この日は、あいにくの雨となったため、動ける人全員で、大切なものが濡損しないようにシートを掛けたりしていた。
テレビでは、今日から明日の朝にかけて大雨が降るとのことであった。それなりに降水量の多い地域ではあるため、こういう突発的な大雨はそれなりに多い。
「はぁ、雨かぁ」
「修也、どうしたんだ?」
「あ、ううん。おじさんたちに会えないんだなーって」
このおじさんたち、というのは言うまでもなく人形流しの運営を行っている、自治会長の美神たちのことである。彼らは無論、大雨のため運営テントに集まってシートを掛けたり、その指示を出している。
「父さんは行かなくてよかったの?」
「ん? ああ、美神さんたちに今日はいいって言われたんだ。どうだ、久々に父さんと遊ばないか?」
「うん」
それなりに田舎な地域ではあるが、車で30分ほど走れば石動市内に入るし、この轟木町内にもおもちゃ屋さんはあるため、この周辺に住む人たちは娯楽にそうそう困ることはない。もちろん、携帯電話の基地局もあるし、インターネットも田舎だが光回線が通っている家や集合住宅もある。
「さて、何をする?」
「んー、将棋」
しかし、この家はじいちゃんとばあちゃんしか住んでいないうえ、インターネットや携帯電話は使わないので持っていないし、繋がっていない。さらに、60をこえているじいちゃんやばあちゃんは、今時の玩具には疎いこともあり、ゲーム機やゲームソフトの類いもない。そのため、あるとしたらリバーシや将棋、囲碁といった類いのものくらいだ。
「えー、お前強いからなぁ」
「父さんが弱すぎるだけ」
「これでも、昔は結構やってたんだがなぁ」
そんな他愛もない、親子の会話をしながらこの日、俺と父さんは家でリバーシや囲碁、将棋をして過ごした。そして、日付が変わり次の日・・・・・・。
翌日、5月13日、午前9時。緑川家。
いよいよ、人形流し本番を翌日に控えた前日である。この日は、昨日からの雨は弱まって晴れ間が少しのぞいているとはいえ、まだ降り続いており、予報によれば完全に止むのは10時頃されていた。
「そろそろ止みそうだなー」
「前夜祭、出来るかな?」
「さぁ、どうだろうな。明日の本番もそうだけど、雨が降っちゃったからなぁ。今日夕方の水量調査次第だな」
人形流しは、川の側でやるということもあり、川の水量が多ければ当たり前だが、危険と見做されて中止される。過去に開催された際に雨が降ったことはあったが、大体が準備期間中であったこともあり、中止されたことがあるのは一回だけであった。ここ十数年で中止されたことはない。
「そっかー」
「ほら、それよりも朝飯食べようか」
「はーい」
俺と父さんは、食事を食べに居間へと向かった。今日が13日なので、この町にいるのは今日を含めてあと3日だ。15日の夜には自宅へと帰る。
ご飯を食べてからしばらくすると、予報通りに10時を少し過ぎたあたりで雨が止んだ。完全に止んだ、とは言えないが、傘をささなくても問題はないくらいにはなったため、俺は父さんと一緒に運営テントへと向かった。
同日、午前9時半。人形流し・運営テント。
運営テントへは着いたものの、そこには一人しかいなかった。見たこと無い人がそこにはいた。その人は、俺たちに気がつくとイスから立ち上がり、何かを見せてきた。
「あ、どうも。私、警視庁の三峯と申します」
「警視庁?」
「ええ。お二人は、ご家族ですか?」
「え、ええ。ええと、三峯さんは休暇か何かで?」
「え? ああ、いえ。ちょっとした事件の捜査ですよ。ほら、人が殺されたじゃないですか」
男が見せてきたのは、警察手帳であった。男は三峯と名乗り、事件の捜査のためにここにやってきたと言った。非常にうさんくさそうな見た目をしてはいるものの、警察手帳は本物のようなので、きっとこの人が言っていることは本当だろう。
「刑事さん、でしたっけ。殺されたの」
「ええ、まぁ。私の部下、というわけではないのですが、それなりに優秀な奴だったようなので、非常に惜しい人を亡くしました」
「大変ですね・・・・・・」
「いえいえ。大変だとは言っていられませんよ。これが、私の仕事ですので」
それから少し、三峯刑事と他愛もない話をしていたら、自治会長の美神がやってきた。手には、ビショビショに濡れたビニールシートがあった。
「おや、緑川さん。いらしてたんでっか」
「ええ。昨日は休ませてもらいましたから、何かお手伝いできることがないかと」
三峯刑事が、緑川という言葉に少し反応したような気がしたが、表情どころか顔色を一切変えていないので、気のせいだと思うことにした。
「ああ、そうやったんですか。せやけど、お手伝いって言うても、ビニールシートの回収はほぼほぼ済んでもうてますし・・・・・・。あ、せやったら、夕方の水量調査、お手伝いお願いできまっか?」
「ええ、いいですよ」
「おお、えろう助かります」
「いえいえ。これくらいやらなくては」
2人がそんなことを話していると、三峯刑事がテントから出て行こうとしていた。それに気がついた美神自治会長が、三峯刑事を呼び止めた。
「あ、三峯はん。もうお帰りでっか?」
「ええ。今回のところは、私も用事が済みましたので」
「さいでっか。あ、留守番おおきにな」
「いえいえ。それでは皆さん、また。明日のお祭り、楽しみにしてますよ」
そう言うと、三峯刑事はテントから出て行った。
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