第16話 人形流し

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第16話 人形流し

 同日、5月14日、18時半。轟木町河川敷公園。  昨日行われた前夜祭・予行練習時にも相当な人数が集まったが、当日であるこの時も、開始まであと30分以上あるのにも関わらず、かなりの人数が集まっていた。 「うわぁ、すごい人」  俺は、一度家に帰って父さんたちと合流した後、1人で先にこの会場に来ていた。人も多いので、危ない目にある確率が低いため、特別に許可されたのだ。警察の人もたくさん居るしね。 「お、坊主。1人で来たんか?」 「あ、美神さん」  河川敷公園でフランクフルトを食べていると、自治会長の美神さんが話しかけてきた。準備が終わってしまえば、自治会長としてやることはほとんどないらしい。参加者に人形を渡すのは、受付の役割なのだそうだ。 「すごいいっぱい人がいるんですね」 「俺も、ここまで人が集まるのは初めて見たわ。普段なら、来ても隣の市からくらいやからな」  確かに、かなりの人数が押し寄せてきていた。噂によれば、例年の50倍は人が集まっているとか集まっていないとか。念のために、人形は多めに作って貰ったらしいが、それでも足りるかといった具合だ。 「そういえば、父さんや母さんたちは来てないんか?」 「はい。人形流しが始まるくらいには来るとは言ってましたけど」 「あの、すいません」  美神さんとそんな話をしていると、背後から唐突に話しかけられた。驚いて後ろを振り向くと、そこにはスーツ姿の人が2人立っていた。1人は昨日見た、三峯さんという人で、もう1人は初めて見る顔だった。しかし、今日は制服を着ていた。 「ああ、すいません。驚かせてしまいましたか」 「お前、優しそうな顔してるくせに、結構人に驚かれるよな」 「癪に障る言い方ですね」 「やぁ。君は確か昨日、運営テントにいた子どもだよね」 「三峯はん。あんまり、子どもにちょっかいかけるのはやめといた方がええんとちゃいますか? いくら警察でも、怯えている子どもを威嚇するのは見過ごせへんで?」  三峯警部が俺の顔をじっとのぞき込もうとしたところで、美神自治会長が間に割って入った。間に割って入られた三峯警部は鼻で笑い、のぞき込もうとした体勢から、身体を起こした。 「これはこれは、申し訳ない。迷子かと思ったもので。父親と共におらず、自治会長の側にいるとなれば、それを疑うのが私たち警察の役目ですから」 「それは結構ですが、この子は俺の知り合いの子どもなんで。大丈夫ですわ」 「そうですか。それは失礼しました。ほら、行きますよ」 「はいはい」  もう1人の警察官に連れられ、三峯警部はその場から立ち去っていった。そういえばもう1人の人の名前を聞いてない。 「・・・・・・あれが、怯えている子どものする顔、か」 「三峯警部。貴方が何を企んでいるかはわかりませんが、遺体の様子から見ても、子どもには到底不可能ですよ?」 「・・・・・・さて、どうだろうな・・・・・・」  それからしばらく経ち、19時。流し人形のメインイベントである、人形流しがいよいよ開始される時間となった。  人形流しは、以前も説明した通り、厄を込めて身体を清めるために流したり、願いが叶うことを願って流したりする。いずれの人形も流されたあとに回収され、焚上げ供養される。  一度にたくさんの人間が一気に行うことは出来ないため、大きく2つのグループに分けて行う。。最初に、厄を込めて流す人たちが行い、それが終わったあとに願いを込めて流す人がそれを行う。その後に行われる焚上げ供養も含めての人形流しなのである。 「えー、それでは。順番に人形流しを行いたいと思います。人形を受けとった方から押し合わずに川岸まで移動していただき、人形を流してください」  司会者がそう言うと、人形流しに参加するために集まっていた人たちが、1人ずつ人形を受けとってから厄を込めて人形を流し始めた。他人とぶつからなければいいので1人ずつやる必要はないため、誘導員の指示に従って、徐々に流す人が増えていった。  厄を込めて流す人の番が終わったら、予め待機していたお坊さんが、川をお祓いする。なんてことない行事に過ぎないと思われるが、人にたまった厄を人形に乗せて流すので、川そのものに厄がたまらないとも限らない。そのため、毎年こうやって、近くのお寺から派遣されてくるお坊さんがお祓いをするのだ。  1時間半ほどかけて、厄を乗せて流す人形流し、通称・厄流しが終わり、そこから10分ほどかけてお祓いを行った。  お祓いが終わった後、叶えたい願い事がある人が、受付から人形を受けとってから流すことになった。願いを込めて流すのは、なんか違う気がしないでもないが。 「ほれ、行くんやろ?」 「う、うん」  俺は、美神自治会長に促されて受付へと向かった。俺は、受付から人形を受けとり、轟木町河川敷公園の川岸へ向かい、願いを乗せた人形を川の水に浮かべ、手を離した。手から離れた人形は、水に沈むことなく下流へと向かって流れていった。  この後この人形は、下流で待機している、お寺に勤めるお坊さんやボランティアの人たちの手によって回収され、焚上げ供養を行う。  それからさらに時は流れた。最後の人が人形を流し、これにて今年の人形流しは終わりを告げた。いや、告げるはずだった。 「坊主、どんな願いを込めたんや?」 「えー? 言うと、効果なさそうです・・・・・・」 「ん? おい、あれなんだ?」 「どうした?」 「何あれ、人形?」  そんな話をしていると、河川敷公園で花火を楽しんでいた人たちが、何かを見つけたのか、騒ぎ始めた。  それに気がついた美神自治会長は、急いでその人たちの元へと向かった。花火が浴衣に燃え移った可能性もあったからだ。しかし、たどり着いた時、特に花火がどうということはなかったが、花火をしていた人たちが、川上を指さしていた。美神自治会長は、その人たちが指さしていた方を見ると、小さな灯が灯された、人形流しで使われるのと同じ人形が3体流れてきていた。 「これは・・・・・・人形流しの人形。妙だな。人形流しは、ここでしかやってないはず・・・・・・」  いぶかしんだ美神自治会長であったが、このままにしておくわけにもいかないので流れてきた人形を回収し、他の人形たちと同じように念のために焚上げ供養を行おうとした。3体の人形を回収し終えて、川から上がろうとした時、上流からさらに何かが流れてきた。 「んー?」  目を凝らして見ると、それはイカダのように見えた。少しずつ見えてきたイカダを見て、その場に居た美神自治会長たちと、周囲の人たちは驚きを隠せなかった。
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