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第21話 永遠の別れ
仕掛け扉を開き、香坂警視正と林警部たちは階段を下っていった。階段を下ると、地下一階に当たると思われる場所に出た。
その場所は何の変哲も無い、ただのロビーのような場所で、扉が複数個あった。扉を開けると、そこにはイスが一つだけある部屋があった。イス以外は何もなく、イスには薄らと埃がたまっているところから見ても、大分この部屋は使われていないようであった。
「どうだ?」
「推測で物事を語るのは好きではないのですが、埃のたまり方から見て、大体1~2年は使われていないと思われます」
「そうか」
推測で物事を語るのが好きではないと言うなら、なぜ警察にいて、しかも、鑑識課にいるのか甚だ疑問だが、気にしても仕方がないだろう。
とりあえず、警官を何人かこの地下へと入れ、調査を行うこととした。しばらくすると、応援の警官団がやってきて、地下の調査が始まった。
「それにしても、三峯警部は一体どこに・・・・・・」
見ていない部屋を見るためにうろうろしていると、後ろから警官に呼び止められた。
「香坂警視正! 三峯警部を発見しました!」
「本当か! そうか、無事だったのか・・・・・・」
「あ、いえ。無事かどうかは・・・・・・」
「どういうことだ?」
「行かれれば分かると思います」
「よし、案内しろ」
含みを持たせた言い方をした警官に案内されて、三峯警部が見つかった部屋へと向かった。
三峯警部が拘束されていた部屋は、全面が真っ赤に染まった部屋で、壁もテーブルもイスも三峯警部を拘束している拘束具も、その全てが赤であった。部屋に着くと、そこにはすでに林警部と鑑識官が集まっていた。
「林警部」
「・・・・・・」
林警部に話しかけながら部屋の中へと入った。林警部は肩をふるわせて、まるで泣いているようであった。
側にいた鑑識官によって、簡易ながらも、三峯警部の死亡が確認された。死因などは、この後司法解剖を行って断定するが、何よりもハッキリしているのは、一週間も無かったが、共に同じ事件を追って、子どもを家まで送り届けただけの同期の刑事が殉職した、ということだった。
「なぜでしょうね。私は、誰かが死んだところで、何にも動じないと思っていました。悲しむことはないと。涙も流すことはないと・・・・・・。ですが、なぜでしょう。なぜ私は、涙を流しているのでしょうか・・・・・・」
涙ぐんだ声で林警部は言った。彼は、本庁内で冷徹、というほどではないが、感情が希薄なのでは、と思われるほど表に感情を出さない人間であった。かつて、部下が殉職した時も、彼は決して涙を見せなかった。強がっているわけではない。単純に、部下を駒としか見ていないのだ。しかし、彼は部下に嫌われることはなかった。むしろその逆で慕われ、そして尊敬を集めていた。駒であると見ていると同時に、掛け替えのない、大切な仲間として見ているからであった。そんな彼が、同期で同僚の死に悲しみ、涙を流していた。
「うっうっうっ・・・・・・」
「・・・・・・ん?」
三峯警部の骸の前で涙を流す林警部を尻目に、香坂警視正は三峯警部の着ているジャケットのポケットから、紙切れのようなものが見えていることに気がついた。
「これは・・・・・・」
ジャケットのポケットから紙切れのようなものを取り出すと、そこには赤い何かで文字が書かれていた。
『まだ終わりじゃない』
まだ終わりじゃない・・・・・・? 一体どういうことなのだろうか。
考えながらも、香坂警視正は紙から目線をそらして部屋を見て、三峯警部へと視線をずらした。そして、その中で一つ、違和感を感じた。
「・・・・・・? なんだ、この違和感・・・・・・」
違和感の正体に、香坂警視正は中々たどり着くことが出来なかった。あたりをグルグルと見回すが、違和感はあるものの、その正体がわからない。次第に、分からないことにイライラしてきた。
「くそっ。何だ、何なんだ、この違和感は・・・・・・」
「香坂警視正」
「ん? ああ、どうした」
「一応、三峯警部の状態を確認しましたが、頭部に裂傷と首に索条痕がある以外は、特に目立った外傷もありませんでした。抵抗した様子もないことから、薬か何かで眠らされた後に、首を絞められて殺害されたものと思われます」
「そうか、ありがとう」
「では、失礼します」
丁寧に鑑識官が挨拶をすると、鑑識官は香坂警視正の元から離れ、三峯警部の下へと戻っていった。すると、それと入れ替わる形で、林警部が香坂警視正の元へとやってきた。
「香坂警視正」
「ん?」
「さきほどは、お見苦しいところをお見せしました」
「いや。大丈夫か?」
「ええ。それよりも、三峯警部の違和感、気がつきましたか?」
「! お前も気がついていたのか。あんな状態だったのに」
「私は、殺人捜査のプロです。あの程度で動揺はしても、見逃すことはありません」
そう、林警部は警視庁刑事部捜査第1課の刑事だ。将来的には、捜査1課長を経て管理官、刑事部長へと昇進していく。そして最終的には、警察庁のトップへと上り詰めるほどの資質を持つ。しかし今は、警視庁刑事部部長にその手腕を買われ、また、本人の希望もあって刑事部捜査第1課に居残り続けている。
「それで? 違和感の正体はわかったのか?」
「いや、全く。それよりも・・・・・・」
林警部が何かを言い始めたと同時に、扉が思い切り開け放たれた。一人の刑事が、息を切らせながら部屋へと入ってきたのだ。
「はぁ、はぁ。こ、香坂警視正! ご報告します! 上の住居部において、遺体が発見されました! 残っていた資料と照らし合わせたところ、緑川敦也だと思われます」
「なに?」
緑川敦也。昨日から行方不明になっている、重要参考人の一人だ。緑川修也の父親で『流し人形』の手伝いの為に、この町へ帰省していた。
「死亡推定時刻は、昨日の16時から24時の間だと思われます。詳しくは、これから司法解剖を行うので、後ほどお知らせします」
「わかった」
「失礼します!」
「・・・・・・ふむ」
「難儀なものですね。緑川家の人間が次々と殺されるとは」
「ああ。全く、どうなってるんだか・・・・・・」
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