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第23話 告げられた事実
家宅捜索を続けて貰って、とりあえず香坂警視正たちは緑川家を後にすることにした。敷地内をくまなく探したものの、他に誰も見つかることがなかったため、ここにはもはや誰もいないと判断したからだ。
香坂警視正と林警部たちは、緑川家を離れ、川下に位置するお寺へと向かった。
このお寺は「人形流し」によって流されてきた人形を焚上げ供養するためのお寺で、毎年必ず当日にこのお寺で行われている。
「こんにちはー」
「はいはい、どちらさんですかな?」
境内を掃き掃除している、1人のお坊さんらしき人に話しかけた。年齢は若く見える。このお寺は、6人で切り盛りしており、お寺の住職以外は毎日決められた割り振りにそって掃除などを行っているそうだ。
「私、警視庁の林と申します。こちらは・・・・・・」
「県警の香坂です。ご住職は居られますでしょうか?」
「はぁ、警察の方ですか。ご住職はいま、離れで接客中でございますが」
「接客中、ですか」
「もしお時間があるようでしたら、中でお待ちになりますか?」
「ええ、そうさせていただきます」
香坂警視正と林警部たちは、お坊さんに案内されて、お寺の中へと入った。お寺の本堂にあたる場所は、お寺というとおり、奥にご本尊となる薬師如来坐像とその左右に二体の仏像が鎮座していた。有名どころのような、豪華絢爛煌びやか、とまではいかないまでも、全て木製で統一されており、かなりの趣があるように感じた。
「薬師如来坐像、ですか」
「ええ。うちのお寺のご本尊です。向かって左側が月光菩薩像。右側が、日光菩薩像です。薬師三尊と呼ばれていますね」
「ほー」
「ところで、今ご住職は接客中と言いましたが、どなたが来られたんですか?」
「ああ。緑川のご子息様です。ご住職に相談があるとのことで」
「緑川のご子息・・・・・・?」
緑川のご子息というと、今のところ1人しか残されていない。
林警部と一緒についてきていた、もう1人の刑事はスクッと立ち上がり、離れへと向かった。
「離れはどちらですか?」
「あ、あちらです」
お坊さんが指を指したところには、こぢんまりとした庵のようなものがあった。あれが離れなのだろう。
ツカツカと歩いて向かう。あと少しというところで、庵の扉が開いて中から住職が出てきた。
「な、何なんですか、あなたたたちは」
「失礼。警視庁の、林と申します」
「県警の遠江です。ご住職。中には、緑川修也君がいらっしゃいますね?」
「け、警察の方ですか? た、確かに緑川君はいますが・・・・・・」
「失礼」
その住職の言葉を聞くと、林警部と遠江刑事は互いに顔を見合わせ、頷いた。
住職を押しのけて、林警部と遠江刑事は庵へと近づいたその瞬間、再び庵の扉が開いた。中からは、一人の少年が出てきた。
出てきた少年は、驚いた様子で林警部と遠江刑事を交互に見たが、二人が警察手帳をかざすと、驚きの表情が収まった。
「緑川修也君、だね?」
「・・・・・・はい」
「詳しく話が聞きたいんだ。来てくれるかい?」
修也は、コクりと頷いた。しかし、修也と林警部と遠江刑事の間に、住職が割って入ってきた。
「お待ちください。彼は、両親を亡くして心が弱っています。それだけでなく、祖父母すらも行方が分からないとか」
「・・・・・・修也君。君のお父さんとお母さんが亡くなったことは、まだ公表されていない。お母さんが亡くなった時は現場に居たかもしれないが、お父さんのご遺体が発見された時、君は現場に居なかった。なぜ、君はお父さんが亡くなってると知っているんだい? それに、祖父母も」
「そ、それは・・・・・・」
「刑事さん、相手は子どもです。勘違いということもあるでしょう」
「勘違いというのなら、住職。なぜ、あなたに亡くなっていることを話したのですか? まだ、世間的にも公表されていない死を」
「!」
あくまでも、全てが状況証拠に過ぎない。物的証拠は何一つ見つかっていないし、恐らくこの先も見つからないだろう。だから、完全に追いつめることは不可能だ。
基本的に、証拠能力としては物証の方が、状況証拠よりも高い。それは、状況証拠があくまでも、状況に対する証拠。つまり、○○○だろう、という証拠であるのに対して、物証は、○○○である、という証拠だからだ。
状況証拠は簡単に言ってしまえば『この時間、この人はアリバイがないし、犯行を犯すだけの動機がある。だから、犯人だろう』というもので、物証というのは『発見された凶器から検出された指紋』などがそれにあたる。
今回の修也君に関して言えば前者、つまり、状況証拠に過ぎないのだ。それも、非常に弱い。上がってきた報告によれば『人形流しの人形作りが始まって以降、緑川俊蔵の姿を見た者はいない。緑川修也を除いて』とある。これも状況証拠に過ぎない。これを以てイコールで犯人には出来ない。
「ところで修也君。君は・・・・・・」
「刑事さん!」
「住職さん、いいんですよ」
「し、修也君」
「刑事さんたちが、どこまでつかんでいるのかはわかりませんが、ここに来て、僕をこうして断罪しようとしているということは、僕が犯人であるとにらんでいるということですね?」
この子どもは中々にするどい子どものようだった。そこまでわかっているのなら、話は早い。
林警部は、目の前にいる少年に対して、懐疑的な目を向けていた。なぜなら、彼の話し方に何か違和感を覚えたからだ。
以前彼に出会った時、彼はこんな話し方だったか? 何かひっかかるな。
遠江刑事が、いま分かっていることを全て話した。あくまでも状況証拠でしかないこと。決定的な証拠がないこと。
「・・・・・・ふぅ。そこまで分かっているのですか・・・・・・」
「・・・・・・」
深いため息をついたあと、目の前の少年は、口を開いた。
その言葉は、林警部たちが待っていた言葉の一つだった。だが、林警部にとってはスッキリとしない言葉でもあった。
「今回の一連の事件の犯人は、僕です。林の中で荒木刑事を殺したのも、父さんと母さんを殺したのも、三峯警部を殺したのも、僕です」
「なぜ?」
「鬱陶しかったからです。勉強しろ勉強しろって。だから・・・・・・殺しました」
非常に呆気ない幕切れであった。
しかし、やはり林警部は腑に落ちないといった顔で、目の前の少年を見つめていた。そして、彼の自白の中で、二つの矛盾があることがわかった。
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