最終話 終わりの始まり

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最終話 終わりの始まり

 同日、13時。石動警察署。  真犯人として、緑川修也を殺人及び死体遺棄、死体損壊等の容疑で逮捕した。それからは供述調書を取るために、石動警察署へと移送された。  殺人、死体遺棄、死体損壊などと罪は重いが、未成年であるため、少年法で裁かれ、原則として死刑には処されない。さらに嘘か真か、本人の自白からは虐待を受けていたとの証言も出ているため、情状酌量される可能性すらあった。どんなに長くても、送致後最大で20年ほどで出所する。 「では、検察官送致を行うため、調書を取らせていただきます。また、刑事訴訟法第198条2項及び同法第311条1項の既定に基づき、あなたは自己に対して不利となる供述を拒否し、拒むことが出来ます(黙秘権)」  取り調べの際、黙秘権の行使を行うことが出来ることを宣告しなければならないと規定されている。  それから約2時間ほどかけて、供述調書が作成された。その後は、手続きを経て検察官送致(送検)がなされる。 「どうしました、香坂警視正」 「いや、どうも気になってな」 「気になる、とは?」 「あの子だよ。聞いていた話と少し違うというか」 「ふむ」  香坂警視正の言う、少し違う、というのが何を指すのかがわからなかった。  証言内容などから言っても、緑川修也本人であることは、間違いようがなかった。しかし、香坂警視正は何かの違和感を感じ取っていたのだった。 「では、次にお聞きしますが、最初の事件の被害者の、切断した腕などはどこへやりましたか?」 「・・・・・・」  この時、香坂警視正は緑川修也の表情の変化を見逃さなかった。  一瞬驚いたかのような顔を見せたあと、また普段の表情に戻った。その瞬間を。 「・・・・・・やはり、妙だ」 「は?」 「なぜ、バラバラに切断した後の切断した腕の場所を聞かれて驚く?」 「単純に、まだ見つけてないのか、ということなんじゃないですか?」 「いや普通なら、驚かない。むしろ、嘲笑うだろう。お前の言ったように、まだ見つけてないのか、といった意味でも、な」  彼は、これまでにいくつもの殺人事件を捜査してきた。遺体が見つからない事件もあった。そういう時に限って犯人と対峙すると、毎回嘲笑うかのように言われることがある。『まだ、見つけてないんですか』と。  犯人は、強気なのだ。決して殺した死体が見つかるはずがない、と。だから嘲笑う。お前たちに見つけられる筈がない、と。だから、取り調べの際は聞き出すのだ。どこにあるのかを。そして、遺体が見つかったことが告げられると、大抵は観念して自供する。中には、笑みを崩さない快楽犯もいるが。 「は、はぁ」 「なんだ、何を隠してる・・・・・・」  取り調べを聞きながら、香坂警視正は頭の中で思考を巡らせた。  これまでに感じた違和感。切断した、と聞いた時の表情の謎。あっさり自白し、出頭という形での逮捕となった理由。そして、彼自身への違和感。  考えを巡らせるがしかし、まだ何かが足りないような気がして、答えが導き出せていなかった。 「そういえば、二週間前に事故死したのって、結局誰だったんだ?」  二週間前、川に転落して亡くなった人が一人いた。遺留品から、緑川俊蔵であると判断されたものの、今回発生した事件の、最初の被害者もDNA鑑定の結果、緑川俊蔵であると判明している。 「それが、さすがに葬儀を済ませてしまっていますので、誰だったかの判断は・・・・・・」 「遺骨は?」 「それが、あれから調べてはいるのですが、緑川家は、この町に墓を持っていないようなんです」 「なに? 地方都市に墓を作るのは珍しいことではないが、それでも、普通作るとしたら親族のいる土地になる。わざわざ、縁もゆかりもない場所に作る意味もないからな・・・・・・」 「一応、練馬区の寺社にも確認中ですが、今のところ見つかっていません」  墓がない、というのは別段珍しいわけでもない。特にこの町では、共同墓地というものがあり、基本的に自分たちで墓を持つことを希望しなければ、そこに埋葬されることになる。 「さすがに、共同墓地を暴くわけにもいかない、か」  感じている、違和感。これを解消しない限り、本当の意味での解決はないように感じていた。しかし、違和感は確実に大きくなっていくのに対して、それを解消する術がなかった。 「・・・・・・」 「そういえば、そろそろ3時ですね」 「ん?」 「あ、いえ。焚上げ供養が始まる時間だなーって」 「ああ、もうそんな時間か」  時計の針は、3時を指そうとしていた。それは、轟木町にあるお寺で人形流しに使われた人形の焚上げ供養が始まる時間であった。 「焚上げ供養、か。・・・・・・焚上げ? おい、轟木町に誰が残ってる」 「え? ええと、遠江刑事がいますね」 「急いで連絡しろ。焚上げ供養を今すぐ中止させるんだ」 「は?」 「早く!」 「は、はっ!」  確証はない。しかし、妙だった。取調室にいる、少年が。  それから少しして、若干の騒ぎがあったものの、焚上げ供養はいったん中止となった。その時、燃やされる筈であった人形が一つ、石動警察署へと送られてきた。 「警視正、これです」 「・・・・・・」  人形を受けとった香坂警視正は、人形を思い切り引き裂いた。すると、中から綿と粉に紛れて人の指のようなものがボトリと落下した。 「これは・・・・・・指、ですか?」 「大きさからして、人差し指ですかね?」 「恐らく、他の人形にも紛れ込んでるだろうな。なるほど、考えたな。人形流しに使われた人形は、焚上げされることは絶対に決まっている。その中に、バラバラにした肉塊をぶち込んでしまえば、人形とともに燃やされて証拠は残らない、ということか」 「しかし、臭いや焼け跡から気がつくのでは?」 「どうだろうな。この指もそうだが、骨がない。文字通り、骨抜きされてるんだ。これなら、焼け残りから骨が見つかることはない。臭いに関しても、最悪誰かがすかしっぺとかした、みたいなことを言えば誰もなんとも思わないだろう」  無理矢理な気がしないでもないが、一応筋は通っているように思えた。しかし、それでも謎は残る。 「し、しかし、骨はどうするんですか? 抜いた後骨は残りますよね?」 「・・・・・・恐らく、これだろう」  そういって、香坂警視正は綿を拾い上げた。  綿を少しはたくと、白い粉のようなものがポロポロとこぼれ落ちた。 「粉、ですか?」 「そもそも、綿から粉はでない。ならば、この粉は何か。ここまで細かく砕けば、人形と共に燃え尽きるだろうさ」 「ここまでのことを、若干13歳の少年がやった、ということですか?」  そもそも最初の2件、雑木林で見つかった胴体しかない遺体と、荒木刑事の遺体。どちらも、切断されていた。それに対して、その後に見つかった二つの遺体。緑川祥子と緑川敦也の遺体は、目立った外傷はない。これを同一犯の犯行だと考えると、違和感しかないのだ。 「まるで、2人の人間が4つの事件を起こした、みたいな感じですね」 「ああ・・・・・・」  2人の人間が4つの事件を起こした。確かに、そう考えると妙にしっくりときた。  であるならば、最初の2つの事件とその後の事件は全く別なのだろうか。それもまた違うような気がしてならなかった。  その後人形を全て開き、中からバラバラになった遺体の一部が見つかることとなった。その全てが回収され、その全てがやはり、最初に殺害されたと思われる、緑川俊蔵のDNAと一致したのだった。  その後、送検期限の48時間を迎え、いくつかの謎が残るものの、香坂警視正は検察官送致を決定し、地方検察庁へと身柄が引き渡された。  林警部たち警視庁からの応援は、その任が解かれ、本庁への帰還が命じられるのであった・・・・・・。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  エピローグ  それから数週間後。警視庁刑事部捜査第1課。 「警部、またあの事件の資料ですか?」 「ええ。やっぱりまだ気になりまして」  あれから結構な日数が経ったが、未だに林警部は事件資料を見返していた。何か見落としがあったのではないか。まだ出来ることがあったのではないか、と。 「・・・・・・恐らく、真犯人は緑川修也であることは間違いないでしょう。しかし・・・・・・」 「緑川修也に違和感があった、ということですよね?」 「ええ」  林警部や香坂警視正が感じた、緑川修也の違和感。しかし、とうとうその違和感が解消されることはなかった。ちなみに、精神鑑定も行われたものの、精神に異常は見受けられなかったので、多重人格というわけでもない。 「おーう、お前ら。新しい事件だぞー」  そんなこんなしていると、1課長が新しい事件を持ってきていた。港区内で発生した、殺人事件であった。  三峯警部は、殉職により2階級特進の警視正となり、遺族には見舞金が支払われ、みすみす同僚を死なせてしまったと自責の念を感じていた林警部は、それから三峯警部の遺族を支援することを決めた。  いくつかの謎を残したまま、林警部たちも香坂警視正たちも普段の日常へと戻っていった。
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