第6章 すれちがうふたり

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「かえるの王子様症候群?」  俺はあきらにオウム返しに聞き返した。  珍しく朝からあきらが雑談をしてきた。きのうたまたまテレビで見たのだという。 「時任さんの感電って『かえるの王子様症候群』かもしれません」 「かえるの王子様ってあれだろ?かえるにされた王子様がお姫様のチューで元の姿に戻るって話」  あきらはコクコク頷いた。 「そう、それです。でもこの症候群はその逆で、自分が思いを寄せる人に告白されて両思いになった途端、王子様だと思っていたその人のことがかえるに見えてきて気持ち悪くなるんだそうです。女性に多いみたいですけどね。『かえる化現象』とも言うらしいです」 「え…それ、俺の場合は相手のことがキモくなるかわりに感電しちゃうってこと?」 「ちょっと似てると思いませんか?」 「う~ん…」  俺は腕組みをして考えた。  それで俺が感電するって割に合わなくないか? 「俺、女の子を落としたら終わりみたいな風に思ったことないけどなあ。ちなみにそれ、どう解決すればいいの?」 「恋愛を理想化しないこと、自分を肯定すること、焦らないでゆっくり関係を進めていきたいと相手に伝えること…そんなことを言っていたような」 「う~ん…」  俺は再び唸った。 「俺さあ、恋愛経験が少ないわけじゃないし、女の子の裸見て幻滅したりもしないし、どっちかってゆうと性欲強め…――!ごめんなさい、ヘンなこと言いました」  自分の失言に気づいて謝罪した。  あきらは少し顔を赤らめながら「大丈夫です」とだけ言った。 「では、時任さんは『かえるの王子様症候群』というよりは、かえるの王子様そのものかもしれませんね。ちなみに『かえるの王子様』は子供向けにロマンチックな内容にお話が変えられていて、このモチーフになっている原作のグリム童話は『かえるの王様あるいは鉄のハインリッヒ』っていうタイトルなんです」 「へぇ~、内容はどこが違うの?」 「お姫様はかえるにキスするんじゃなくて、かえるのわがままな要求に耐えかねて、かえるを壁に投げつけるんですよ」 「なに!?」  いや、マジで知らなかった。なんだその話は。 「それで?まさか壁にたたきつけられて王子様の姿に戻るのか?」  あきらは大きく頷いた。 「そのまさかです。壁にたたきつけられて、床に落ちるまでに王子様になるんです」 「……なんか、過激だな」 「これはまだ序の口で、類話のスコットランド民話の『世界の果ての井戸』では、娘が斧でかえるの首を切り落とすと、目の前に美しい王子様が立っていました、ってなるんですよ」 「…あきらパイセン、俺なんだか怖い。俺も首をちょん切られたら静電気体質から解放されるのかな?でも失敗したら死ぬよ!?」  そこであきらの唇が「お」という形になったから、こいつまさか本気か!?と身構えそうになったが、どうやらそれは俺の勘違いだったらしい。 「時任さん、すばらしい。このお話は『死と再生』を象徴しているとも言われているんです。それに、お姫様がかえると知り合うきっかけとなった金の毬は、お姫様のアイデンティティーそのものだとか、貞操や処女性を象徴していると言われていて、女性目線で見ればこの話は無垢な少女から女性へと成長していく過程を……」  あきらは話が止まらないといった様子で、口角を上げてうっすら笑いながら楽しそうに語っていることに本人は気づいていないのだろう。  大学の文学部のゼミでは、文学作品の解釈をめぐって教授と若い学生たちがすげー真面目な顔で『処女』だの『エロス』だの『欲望』だのと議論を交わしていると聞いたことがあるが、まさにこんな感じなのか?  あきらの説明は半分も頭に入ってこなかったが、熱心に語る様子がおもしろくて、うんうんと頷きながら聞いた。 「はい、あきら先生、質問です」  俺は手を挙げた。 「なんでしょう?」 「その話のどこにハインリッヒさんが出てくるんですか?」 「いい質問です。実はハインリッヒは王子様の家来で――」  あきらの話はそのあともしばらく続いた。  妙に楽しかった。    
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