第7章 真夏の夜の夢

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 連日の熱帯夜で寝苦しくて、夜中に何度もクーラーをつけては止めを繰り返しているうちに結局寝過ごした。  地下鉄の階段を駆け上がって9時ぎりぎりにどうにか倉庫に飛び込んだが、気分がすぐれないのは気温のせいではなくて、昨日あきらとケンカしたことが原因かもしれない。  昨日の帰り際に一応謝っておいたけど、中途半端な謝罪は逆にオンナを怒らせることがあるってこともよくわかっている。 「とりあえず謝っときゃいいって思ってるでしょ!」 「何が悪かったか、わかってんの!?」  何度言われてきたことか。 「わかんないから教えて」って言うと「自分の胸に聞け」とか言うんだよな。オンナこえーわ。  あきらもそうだったら面倒だな、と思っていたら、いっきなり向こうから深々と頭を下げられてビビった。 「昨日は申し訳ありませんでした」 「え……」 「『業務改善提案書』の件ですが、提出は10月以降にしていただけないでしょうか。そうであれば、ぜひ作ってください」  予想外の展開に「お、おう。了解」としか言えなかった。  そうだった、冷静に考えたら別にあきらはカノジョじゃないんだから、こっちから謝った挙句、キレられるなんてことねーか。  なんで10月?っていう疑問はあるが、これで心置きなく提案書作りに励めそうだ。  そう思ってノートパソコンに向かっていたら、倉庫の奥にいるあきらの声が聞こえた。 「時任さん、定規を持って来ていただけないでしょうか。わたしのデスクの右の一番上の引き出しに入っていると思うので、お願いします」 「はいはーい」  立ち上がって言われた引き出しを開けると、まず目に入ったのが黒い電子機器だった。    これって、もしかして…? 「なあ、あきらパイセン?ちょっと来て」  思わずあきらのことを呼んでしまった。  奥から戻ってきたあきらに、それを指さして「これってさぁ…」と聞くと、あきらは首を少し傾けながら答えた。 「ん?ICレコーダーですよ。最近は全然使ってないのでホコリかぶっていますが、前にセクハラおやじがいたときはその証拠をのこすためにジャケットのポケットに忍ばせていました。それが何か?」 「なんだ、そっか」  ははっと笑ってしまった。  森田が、あきらはいつでもICレコーダーで会話を録音しているだなんて言うから、本気にしてたじゃねーか、ちくしょう。  あきらは自分で定規を取って、また奥へと行ってしまった。  セクハラおやじに一体何をされたんだろうか。  だから、あんなダボダボのだっせー服装してるのか?  この日はそんなことが気になって、一難去ってまた一難ではないが、いちいちあきらのことを気にする自分がいた。  だから、業務終了とともに北川があきらを誘いに来た時、あきらを守ってやらないと!って思ってしまったのかもしれない。  3人で歩いているときに、あきらがこっそり聞いてきた。 「つかぬことを伺いますが、北川さんはどういう女性が好みなんでしょう?まさか、こんなのが好きな変わったご趣味ではないですよね?」    北川のオンナの趣味はよーく知っている。 「あいつの好みはお目目パッチリで、胸にすっぽり収まるぐらい小柄な子で、しかもおっぱいが大きい……ん?…あれ?」    だから、あきらパイセンは北川の趣味から外れてる――そう言うつもりだったのに、もしかすると…いや、もしかしなくても、瓶底メガネを外したあきらは北川の趣味にドストライクじゃねーか!  
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