第1章 倉庫係のあきら

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 倉庫管理係に異動になってから丸2年が経ち、5月から3年目に突入した。  入社5年目だから、もう社会人生の半分をこの倉庫で過ごしていることになる。  正直に言うと、居心地は悪くない。 「給料泥棒」と言われないように、倉庫内の書類管理はしっかりやっているし、ボーナスの査定はたぶん最低評価なのだろうけど、年2回しっかりボーナスもいただいている。  上司は一応、総務課の課長のはずだが、地下2階まで降りてくることはほとんどないから、たまにうたた寝してしまうこともあるけれど、それを咎める人もいない。  書類を保管している倉庫だから空調は24時間バッチリ稼働で温度・湿度ともに快適に保たれてはいるけれど、窓がないことと、埃っぽいことが、少し気がかりなぐらい。  あとは、もし大地震が起きたとき、わたしがここにいるってことに誰か気づいてくれるかな、という心配ぐらい。  人付き合いは得意なほうではないから、そんなわたしにとって、総合するとこの環境は「悪くない」にあてはまるのだ。  そんな倉庫に、新たに異動してくる人がいるらしい。  昨日、珍しく総務課の課長がここまでやって来た。 「明日付で営業部からひとり、ここへ異動してくることになりました。6年目の時任君って知ってる?人当たりのいい営業マンらしいから、きっと仲良くできると思います。よろしくお願いします」  それだけ言って去っていった。  そして今日、10時前に倉庫のドアのすりガラスの向こうに人影が見えたと思ったら、コンコンというノックの後に扉が開いた。 「おはようございます」  姿を現したのは、清潔感はあるけど少しチャラそうな見た目の男性だった。  彼はわたしをチラっと見た後、ぐるーっと180度首を動かして倉庫内を見回した。  たしか時任さんだったっけ?と思っていると、彼は首をかしげた。 「あれ?オノアキラさんは?」 「わたしです」 「…へ?」 「ですから、わたしが小野あきらです。よろしくお願いします」  わたしは右肩に担いでいた脚立を置いて、頭を下げた。 「あ…あきらさん?」  わたしはメガネをクイっと上げながら答えた。 「そうです。名前のせいでしょっちゅう男と間違われるんです。あ、時任さんのデスクわたしの隣ですので、こちらです。どうぞ」 「はあ、どうも。…あ!もう名前知ってるみたいだけど、俺、時任祐樹(ときとうゆうき)です。営業部から異動になりました。よろしくお願いします、あきらパイセン」  頭を下げたあと、人懐っこそうな笑顔でイスに座る彼を見ながら、「あきらパイセン」が耳の奥でこだましていた。  そして時任さんは、頬杖をついてわたしの顔をじーっと見ると、にっこり笑ってこう言ったのだった。 「俺のこと、絶対に好きにならないでくださいね、あきらパイセン」  誰が好きになるもんですか!と思いながら、わたしは無表情のまま答える。 「ご安心ください。好きになったりしませんから」  この人、女性関係で問題起こして「島流し」にあったにちがいない。 
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