第1章 倉庫係のあきら

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「それと、その『あきらパイセン』という呼び方やめてもらえます?わたし、あなたより年下ですから」  彼は「えっ」という顔でわたしを見つめている。  やりかけの作業はひとまず置いて、わたしもデスクのイスに座った。  一通り事務的な説明をしなくてはならない。 「営業部でもそうだったかと思いますが、出勤、退勤、休暇申請は勤怠システムからお願いします。社員証は常に携帯してください。ICチップで倉庫のドアの開錠・部屋の入室・在室管理をされています。この倉庫室は禁煙、火気厳禁です。朝は9時までに来てください。お昼休憩は1時間、お好きな時間帯にどうぞ。残業はありませんので17時に退社できます。地下2階は携帯電話の電波が届かない圏外ですので、固定電話を使ってください。お手洗いは、廊下を出てエレベーターの近くにあります。  何か質問ありますか?」 「はい!」  時任さんが右手の肘から先だけを挙げた。 「はい、なんでしょう」 「あきらパイセンはロボットですか?」 「……いいえ、ちがいます」  これまで何人かに同じことをしてきたから、よどみなくスラスラ言えるようになってしまった事務的な説明。  ついにロボットの音声のようになってしまったんだろうか。 「すみません、わたし普通よりかなり感情表現が薄いので、一緒に過ごしても楽しくない人間だと思ってください。おっしゃる通り、ロボットと一緒に仕事しているぐらいに思ってもらったほうがいいかもしれません」  ペコリと頭を下げる。 「ちなみに、机4つあるけど、ほかのメンバーはいないんですよね?」  時任さんの質問に、わたしはデスクの上に置いてあるファイルを取り、倉庫係の名簿を見せた。 「総務課の田所課長が直属の上司になります。普段は上の総務部のほうで勤務されているので、ここへ来ることはほぼありませんが、何か相談事があるときは田所課長へお願いします。そして、この方は、うつ症状がひどくて長期休暇中で、その下のこの方は3ヶ月前から無断欠勤が続いているため、いま人事が依願退職を促しているところかと」  ひとりひとりの名前を指さしながら説明すると、時任さんは「………ははっ」とヘンな笑い方をしたあと、デスクに突っ伏した。  とんでもない所に飛ばされたと思っているに違いない。  しかし、総務課倉庫管理係への異動になったってことは、それなりの罪を犯した罪人なわけで……。 「時任さんは、何をやらかしてここへ異動になったんですか?」  この質問をしてはいけないタイプの人もいるけれど、時任さんなら大丈夫な気がして質問してみた。  時任さんは顔を上げて、わたしのことを再びじーっと見ながら言った。 「女子社員に暴力をふるったんです」   えええぇぇぇぇぇっ!?  わたしは心の中で盛大に叫んでいたけれど、たぶん表面的には無表情だったかもしれない。しかし、さすがにイスを少し後ろに引いて、意味なく彼との距離を広げた。  さっきとは逆に、今度はわたしのほうが「ははっ」とヘンな笑い方をする番だった。  時任さんてもしかして、わたしをこの会社から追い出すために人事部があてがった刺客なんじゃないだろうか!?  そんなことを思いながら――。  
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