第9章 悪い魔女の正体

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「あれは人違いだったんです」  三浦さんは、あの『奇跡の誤発注事件』のことを語り始めた。  俺は、三浦さんがあの一件に関わっていたことすら知らなかった。だって彼女は今、営業事務部ではなく、販売部に所属しているからだ。 「わたしあの頃まだ新人で、公印がどれほど大切なものかもわかってなくて、いつも課長が鍵をあけて普通に小野さんに渡すのを見ていたから、ひとりでお留守番しているときに『出して』って言われて、別に構わないと思ってそうしちゃったんです」    北川は何も言わずに、うんうんと頷いている。 「そしたら次の日、大騒ぎになって、小野さんが怒鳴られてて、わたしも『どうして公印を渡したりしたんだ』って怒られて、とんでもないことをしちゃったって気づいて、わたし泣きながらどういう経緯で公印を渡したのか説明したんです」 「小野さんが『急いでる』って言うから渡した。庶務の子がそう証言したと聞いているけど?」  北川の問いかけに三浦さんは頷いた。 「そうです。その庶務の子っていうのがわたしで、確かにそう言ったんですけど、違うんです」  どういう意味だ?? 「小野さんと一緒に働いていた高山さんという派手な女子社員がいたんですが、わたしはあのとき、こう言ったはずなんです。  高山さんが『小野さんが急いでる』って言うから渡しました、って。  わたし、すごく泣き虫で、そのあと泣き崩れちゃってどうしようもなくて、結局そのまま2日間謹慎処分になったあと、販売部に異動になりました。だから、公印を使った高山さんは何も処分されずに、なぜか小野さんだけが島流しにあったっていうことを知ったのが随分あとになってからだったんです。  さらに、わたしの証言が島流しの決め手になったってことを知ったのはさらに後で…もういまさら違いますって言えなくて、ずっと……」  そう言って、三浦さんは泣き始めた。 「泣かないで」  北川は席を立つと三浦さんのそばに行って、ハンカチで涙を拭いてあげている。  おいコラ、なんだよそれ。  テメーのそのいい加減な証言のせいであきらがどれだけ嫌な思いをしてきたかわかってんのか!被害者ヅラしてんじゃねーよっ。  テーブルの下でぷるぷる震える俺の拳を、森田が握ってくれた。  もしそうしてくれなかったら、今度は本気でコイツのことを殴っていたかもしれない。 「今日はありがとうございました、ごちそうさまでした。色んなわだかまりが解けてすっきりしました」  店を出ると、三浦さんはペコリと頭を下げてにっこり笑った。 「あのさ」  帰ろうとする三浦さんに声をかけた。 「俺と三浦さんて、どっかで接点あったっけ?営業と販売が同じフロアだってことは知ってるけど、それだけ?」  なんでこの子、俺に告白しようとしたんだろうとふと思ったからだ。 「給湯室のクマの絵のマグカップです」  ああ、それは確かに俺のやつだ。  デスクワークのときはコーヒーを淹れて飲んでいて、帰るときに給湯室に持って行って飲み残しを流している。  洗うのが面倒で、次の日またそのまんま使うから、それを知ってる女子社員に「もうっ汚い!」ってよく言われていたんだが、ある日を境にいつも誰かがマグカップをきれいに洗ってくれるようになって…? 「もしかして、あれ洗ってくれてたの、三浦さん?」 「うふふ、実はそうなんです。最初は誰のマグカップかも知らなかったんですけど、応接室に出したお茶の片づけのついでに洗うようにしていたら、ある日、給湯室から『俺のマグカップがきれいになってる!すげー感動!誰だろう』っていう声が聞こえて、チラっと覗いたら時任さんがいたんです。わたし、それで時任さんが好きになっちゃったんです」  しまった、と思った時には遅かった。  俺は路上で「あ゛~~~~~っ!」という大きな叫び声をあげて、体を駆け巡る電流に耐えかねて倒れた。  すると三浦さんはボソっと「あれぇ?なんか急に冷めちゃったかも…」とつぶやいて、俺を冷たい目で見下ろすと、「じゃあ、わたしたちこれで」と言って、そそくさと立ち去って行った。  北川と森田が倒れた俺を覗き込んだ。 「悪い魔女に簡単にやられたな」 「王子様、よえーな」 「しかもフラれたみたいだな」 「哀れだな」  うるせ~~っ!  
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