第10章 月を追いかけて

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「おい、抱き着くのやめろ、気持ち悪い」    魔女と別れた後、三人で飲み直そうということになり、いつもの居酒屋に来ていた俺たちだったが、俺は感電のダメージからまだ完全に復活することができずに森田に抱き着いていた。 「森田、北川、ありがとな。あきらの汚名を晴らしてくれて」  お礼を言うと、北川がふふっと笑った。 「事なかれ主義の森田がさ、あきらちゃんの退職の日に最後に全部教えてくれって言ったらしいんだよ。それで俺に気になることがあるってメールしてきたわけ」 「小野さんが言ったんだ。『わたしは高山さんを見下していたので彼女がわたしのことを嫌っていても不思議はない。でも三浦さんがあんな嘘をついたことはどうにも解せない』ってね。俺いつもあの一件の話を聞くときに『庶務の子』としか聞いていなかったから、それが三浦さんだって知らなかったんだ。三浦さん、ドジっ子キャラっていうか、本人は無自覚のままあれこれトラブル起こすトラブルメーカーだっていうので徐々に有名になりつつある子でさぁ、時任との一件もそうだろ?だから販売部もあの子のこと出したがってるんだよ」 「おまえだけじゃなくて、人事のほかのヤツらも薄々、三浦さんの証言は信ぴょう性がないって気づいているんじゃないのか?」  北川が憮然とした顔で言う。 「うん…まあ、そうかもな。でもさ……人事(うち)は事なかれ主義体質だから…ごめん!」  頭を下げる森田が気の毒になって、俺はそんな森田を強く抱きしめてヨシヨシしてやった。 「だから!やめろって!」 「俺、ふと思ったんだけど、三浦さんが時任のマグカップを洗い続けていたっていうのが呪いの儀式だったのかもな」  北川が本気なのか冗談なのか、よくわからない爽やかな笑顔で言った。  こ、こえーな、それ。 「無自覚の魔女なんて(たち)が悪いよな。財務部の庶務、もうひとり助っ人が欲しいんだよね。森田からそれとなく上に伝えてくれないか。上手くいけば三浦さんを手元に置けるかも」 「おいおい、どうする気だよ」 「ビシビシ鍛えてやる。泣く暇も誰かを呪う暇もないぐらいに」  北川は悪そうな顔で笑っていた。  もしかすると、こいつこそがラスボスなのかもしれない…。 「でも、自分自身も好きな男とくっつくことができないんなら、ほかのオンナを寄せ付けないような呪いをかけても意味なくないか?」  森田がふと思いついたように言う。  北川はくつくつと笑った。 「悪い魔女はたいてい詰めが甘いんだ。だから最後は王子様とお姫様がくっつくハッピーエンドになるんだよ」  そういえば…。 「北川って、2回もフラれたって本当なのか?」  俺はようやく森田を解放してやりながら尋ねた。 「そうだよ。ガードが固くて全然落とせない。おまけに酒が強いから、酔わせて落とすこともできないしなー。先週一緒に酒飲んだときに浴びるほど飲ませてみたらさすがに途中から少し酔ったらしくってさ、好きな男のグチを俺に言うんだぜ?まいるよな」  北川が苦笑する。  コイツがそんなに執着して、それなのに落とせないオンナなんて世の中にいるんだな。 「時任さんはお元気ですか?時任さんにとってはキスも社交辞令なんでしょうか?時任さんはズルイです。あんなキスしておいて、それっきりほったらかしなんて。本当はあの日の夜、わたしたちもっと激しいキスだってしたんですよ、それなのに!ってさあ、どう思う?まいるだろ?」 「………え?」 「え、じゃねえよ馬鹿。どうしてあきらちゃんは、こんな馬鹿が好きなんだ。絶対に俺にしておいたほうがいいのに」 「えぇぇぇぇっ!?」 「うるさい、黙れ。おまえは『え』しか言えんのか。あきらちゃん、いま東松公園の入り口に停まってるキッチンカーで弁当売ってるから、明日行ってやれよ」  えぇぇぇぇ!?
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