第1章 倉庫係のあきら

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 あきらの事務的な説明を一通り聞いたあと、古巣の営業部に自分の荷物を取りに行った。  オノアキラ……名前を聞いたときに、小野昭とか小野明とか、てっきりおっさんだと思っていたあきらは、女子社員だった。  大きな黒縁の瓶底メガネをかけて、黒い髪を後ろでひとつに、何の飾りもない黒いゴムで結んで、無表情で…年齢が全くわからない、というか、オンナとか年齢の以前に、あれ本当にロボットじゃなくてニンゲンなのか!?  自分は感情表現が薄いからロボットと一緒に仕事してると思ってくれてもいいだんなて、もうヘンな笑い声しか出ないっつーの。  そんなことを考えながら営業部のフロアに入ると、みんなの動きが一瞬止まって俺に視線が集中したあと、またすぐいつもの喧騒に戻る。 「荷物取りに来ました」  3日前まで自分の机だった場所から私物を、倉庫から持参したダンボールにどんどん入れていった。  同じグループのメンバーは誰もいない。営業に行っているんだろうな。  この書類…途中の仕事どうすればいいんだ?  営業先の訪問の約束は同じグループのメンバーが全てリスケしてくれたんだろうか?    まあいいか、何かあれば電話してくるだろ。  とりあえず机の中の物もノートパソコンも全部持ってこ。  荷物をまとめてフロアを出るときに、振り返って大声で言った。 「お世話になりました!またね!」  数名、手を振ってくれる人がいた。  さあ、地下2階に戻ろうと踵を返した俺に駆け寄ってきたのは、同期の西沢だった。 「今夜おまえの壮行会やるから。18時でいいか?」 「おお!サンキュー、嬉しいよ。18時に下の玄関ホールな、オッケー」 「さっきお前の携帯に電話したけど通じなかったから」 「悪かったな、地下2階は電波が届かないらしい。これからは倉庫管理係の固定電話によろしく」  西沢が「えぇっ!圏外!?」と驚く様子がおかしくて、ニシシと笑った。 「あきらパイセン、戻りましたー!……あれ、いない?」  ダンボールを抱えて倉庫に戻ると、机にあきらはいなかった。  ひとまず自分の机に箱を置いて、中身を順番に取り出していると、後ろから「おかえりなさい」という声が聞こえた。  振り返ると、奥の棚からメガネがひょっこり顔を出していた。  そういや、ここって一体何の仕事をするんだっけ?と思いながら、あきらの作業を見学することにした。  床に「総務部」「永久保存」という文字と箱詰めした日付が側面に書かれた箱が置かれていて、あきらはしゃがんでその中身を確認しながら何かをメモっている。  メモをのぞくと、几帳面な字で「官公庁文書」と書かれていた。 「何か手伝うことあります?」  箱がズラーっと並ぶ棚にもたれかかりながらそう聞くと、あきらは俺を見上げて言った。 「ありません」  そしてまた何事もなかったかのように箱の中身をゴソゴソ探りながらメモをとる作業を再開した。  ないのかよ!  コイツやっぱり人事の回し者だろう!居心地を悪くさせて俺を依願退職に追い込む気か!?負けないぞ!  俺は机に戻って荷物の整理をした。  それはすぐに終わって、時計を見ると11時半だった。  少し早いけど、何もすることないからいいか。 「あきらパイセーン、俺昼メシ食ってきますねー」  俺は立ち上がると倉庫を出た。  扉が閉まる寸前に「いってらっしゃい」という声が聞こえた。  
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