第10章 月を追いかけて

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「夜だったら夜景がきれいに見えるんでしょうね。でも夕焼けもいいですね」  観覧車のゴンドラの窓から外を眺めてそう言うと、正面に座る時任さんはにっこり笑った。 「ていうかさ、あきら高い所怖いんじゃなかったっけ?さっきから若干声震えてないか?」 「……もうっ、せっかく恐怖を紛らわせようとあれこれおしゃべりしているのに、何でそういうこと言うんですかっ」 「これ、てっぺんまで行ったらかなりの高さだけど大丈夫?なんで乗りたいなんて言ったんだよ」  時任さんは外の景色とわたしの顔を交互に見ながら呆れて笑っている。 「だって、それでも乗ってみたかったんです。好っ……時任さんと、乗ってみたかったんです」  危なかった、「好きな人」って言いかけた。  ここでもし時任さんが感電して暴れだしたら大変だ。 「こっちおいで」  時任さんが手を伸ばしてきた。  その手を握ったけれど、立ち上がって移動するのが怖くてわたしのお尻は動かない。 「あきら?」  首をかしげる時任さんに、怖すぎてお尻に根っこが生えていると伝えると、プッと笑って時任さんがこっちに移動してきた。 「ちょっ、大丈夫なんですか?片側にふたり座っちゃっても!」 「大丈夫に決まってるだろう。あきら怖がりすぎ」  時任さんは笑いながら上半身を曲げて、下から覗き込むようにわたしを見た。 「ねえ、あきら。俺のこと好き?」 「………」わたしは、コクンと頷いた。 「じゃあ『好き』って言って?」 「えぇっ!?そんなこと言ったら、時任さんここで暴れ始めるでしょう?やです、わたし死にたくないです!」  時任さんは、わたしのことをじーっと見つめている。 「大丈夫な気がするんだけどな。それに俺、あきらと一緒なら死んでもいいよ」  わたしが車を運転したときに「死にたくない~!」って半泣きだったくせに!と言おうとしたわたしの唇は、時任さんの唇でふさがれてしまった。 「あきら、好きだよ」   一旦唇を離して、わたしの耳元でそうささやいた時任さんは、またわたしの唇にちゅっ、ちゅっとキスを落として、やさしく抱きしめてくれた。  観覧車を降りた後、振り返って、あんな高い所にさっきまでいたんだと思った。  時任さんとイチャイチャして体を離す頃には、もう頂上を過ぎて下降しはじめていた。  誰かに見られたりしていなかっただろうか。  でも、嬉しい。  好きな人と、こういうことしてみたかった! 「また腹減ってきた」  当たり前のようにまたわたしの手を握って時任さんは歩いている。  わたしはその手をしっかり握り返して、うふふっと笑った。 「あきら上機嫌だな。俺、観覧車乗ったの大学生の頃以来かも」 「カノジョと?」 「んー、そうだな」 「そのときもキスしました?」  時任さんが一瞬立ち止まって、またゆっくり歩き出した。 「なんてこと聞くんだよ。したよ、たしか」  目をそらしながら答える気まずそうな時任さんの胸中に、わたしはイマイチ気づいていなかった。  時任さんの過去の女性遍歴を聞きたかったわけではなくて、彼はきっと楽しい恋をたくさん経験してきたのだろうということが、ただ純粋にうらやましかった。 「ふふっ、いいな、うらやましい」  わたしのつぶやきを逃さなかった時任さんが「え?」と聞き返してきた。 「わたし今まで誰かとお付き合いしたことないんです。だから、こういう素敵なことをたくさん経験してる時任さんがうらやましいです」  正直にそう言うと、時任さんはまた立ち止まって、今度は周りにいる人たちがビクっとしてしまうほどの大声で「えぇっ!?」と叫んだのだった。
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