第1章 倉庫係のあきら

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「俺、もう耐えられんかもしれん。何もせずにじっとしてるのが、あんなにツライとは」  俺の『壮行会』には、営業部の西沢、人事部の森田、財務部の北川が来てくれた。3人とも仲のいい同期だ。  オンナは呼ばないでくれと言ってあったから、男4人というむさ苦しい飲み会となったが、こういうときはグチも下ネタも思い切り言いたい気分だから、やっぱりオンナ抜きで正解だった。 「はえーな、たった1日でギブアップか」 「時任はずっと営業で飛び回ってるのが性に合ってたからなあ」 「つーかさ、森田!あの小野あきらって、人事の回し者か?何か手伝うことあるかって聞いたら『ありません』だし、俺が暇そうにしてたら『ここでの仕事は自分で見つけてください。資格試験の勉強を業務時間中にする許可は課長にとってありますからこれを機にキャリアアップをはかるという手もあります』だとよ」  メガネをクイっと持ち上げるあきらの真似をしながら言った。 「あいつ、退職を促すための人事の回し者じゃなかったら何なんだっ。若さもオンナの色気もなければ人間味すら感じられないぞ。最新のAIロボットじゃないだろうかと俺は思っている」 「あー小野さんね」  森田が苦笑した。  そこへ、西沢と北川も話に入ってくる。 「小野あきらって、懐かしい名前だなあ。あれから何年経つ?」 「小野さんかあ。彼女まだ倉庫勤務なんだな」  俺は3人の顔を見回した。 「え?え?あきらパイセンて、有名人なのか?」 「おまえ知らないのかよ、2年前の『奇跡の誤発注事件』」  2年前と言えば、仙台支社からこっちへ異動になったばかりで新しい仕事に早く慣れようと自分のことでいっぱいいっぱいだった時期だ。  でも、そんな俺でも『奇跡の誤発注事件』の概要は知っている。  営業事務の女子社員が発注書の数字をミスって、10万個の注文でいい所を間違えてなんとゼロをひとつ多くつけて100万個の部品を発注してしまったという。  それはかなり特殊な部品で単価が高く、まとめて100万個も注文すると支払いのための資金繰りがキツくて会社に大打撃を与えかねないミスだった。  大量に納入されたその部品を返品するとなると違約金が発生するため、泣く泣く全て引き受けて代金も支払ったのだが、そのすぐ後に、その部品を作るための素材のひとつであるレアアースが情勢不安で輸入できなくなり、その特殊な部品が国内で品薄になるという事態が起きた。  ライバルメーカーが、その部品の入手が困難であることを理由に工場を停止する中、うちの会社は多くの在庫を保有していたために製品を滞りなく生産し続けることが出来、それを弾みに業界で大躍進したのだ。  この事件に『奇跡の』という名前がついているのはそのためだ。 「まさか…」 「うん、そのまさかだよ。あの誤発注伝票を作ったのが、小野あきらさん」
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