第1章 倉庫係のあきら

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「え、ちょっと待てよ。じゃあ、あきらパイセンは我が社の功労者じゃん。なんで2年も倉庫にいるんだ?」  数字をミスったのは確かに問題だが、結果的にそれがいい方向に動いたのだから、プラマイゼロ…どころか、大きくプラスだったはずだ。  俺が首を捻っていると、人事の森田が小さくため息をついた。 「問題は数字を間違えたことじゃないんだ。会社の公印の無断使用、上司の検印の無断使用、それに上司のチェックを受けずに独断で発注を完了させたことが問題なんだ。これは重大な職務規定違反で、一発で懲戒解雇になったっておかしくなかった。倉庫行きはかなりの恩情だったんだ」  営業の西沢が口をはさんだ。 「……公印て、無断で持ち出して押せるものなのか?」 「公印がしまってある棚は施錠されていて課長以上の管理職じゃないと開けてはいけない、公印を押すのも課長以上っていう規定は前からあったんだけど、あの頃はね、今よりも公印の扱いがルーズだったんだ。特に小野さんは仕事が正確で上司からの信頼も厚かったから、小野さんの急ぎなら公印を彼女に渡してもいいってことになっていたようなんだよね。ただ彼女、公印を押すのは毎回きちんと自分の上司か、不在の時には誰でもいいから近くにいる課長以上の管理職をつかまえて押してもらっていたらしい。だからみんな油断してた。  まさかその伝票に限って彼女が勝手に公印を押して、不在の上司の机から印鑑を取って検印して、正式に発注しちゃったなんてね。どう考えたって手違いとかじゃなく確信犯だ。  あの事件を機に公印の取り扱いが厳格化されたから、今はもうそんなことできないよ。彼女のやらかしたことは、我が社にとっていろいろと大きな転機になったんだ」  その場が静まり返る。 「それで永久島流し?」  俺がポツっと呟くと、森田がまたため息をついた。 「彼女は反省していないんだ。なんであんなことをしたのか、当時も動機も言わず、ずいぶん経ってから『自分がやったんじゃない』とだけ言ったらしい。今でもそうだ。『あれは自分のミスではない。わたしは何も知らない』って主張し続けている。それじゃ、あの倉庫から出してあげることはできないね」 「あの事件の営業担当だった遠藤さんてさ、去年転職したじゃん。その売込み文句が『あれは誤発注じゃなくて実は自分の相場観で大量注文したんだ』とか言ったらしいぜ?どう思う?」  北川がそう言うと、森田は「知るか。ハッタリだろ」と答えた。   西沢が思い出したように言った。 「小野あきらって、可愛い子だったよな?あのとき営業のバックオフィス担当してる事務の中で一番可愛かったってことだけ覚えてる。明るい髪色のショートボブで首が白くて細くて、うつむいて叱られてる姿がちょっとかわいそうだった」 「おい、ちょっと待て西沢。あきらパイセン、いま牛乳瓶の底みたいな分厚いレンズの黒縁メガネに色気のない真っ黒髪のひとつ結びだぞ?それ同一人物か?」 「同一人物じゃなきゃ、別人と入れ替わったってことか?ホラーだろそれ」 「可愛い小野あきらちゃんと地下の倉庫でふたりっきりで仕事なんてしてたら、俺食べちゃうかもな。どうせ誰も来ないんだろ?思いっきり声出しながらヤれるじゃん」  遊び人の北川が言うと冗談には聞こえなくて怖い。 「うわー。それ、よくね?いい仲になったら毎日ヤリまくりじゃん」  西沢まで便乗し始めた。  俺は頭を抱えた。 「やめてくれ!俺はあんなAIロボットに欲情するほどオンナに困ってない!」
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