13人が本棚に入れています
本棚に追加
エピローグ
ウエディングドレス姿の菜緒は美しかった。反し
て、二度目だからか、剛典のタキシード姿に新鮮味はなかった。代わりに懐かしさを感じた。
「剛典さん」
菜緒が鏡越しに話しかけてきた。花嫁控え室には今は二人だけで、着付け係はつい先程出ていったばかりだ。
「どうしたんだ」剛典が鏡越しに微笑んだ。
「私を愛してる?」
剛典は驚いた表情をした。背筋が伸びていた。
「どうして今更そんな……愛しているに決まってるだろ。あ、わかった。俺が指輪を失くしたから疑ってるんだな」
菜緒は笑いながら手を振った。
「違うの。指輪を失くしたって聞いた時は驚いたけど、そうじゃない。ただ、何となく言って欲しかっただけ」
菜緒の敬語が外れたのは、数ヶ月前からだった。剛典が外してくれと頼んだのだ。
「愛してるよ」
菜緒が相好を崩した。その瞬間、部屋の扉が開く音がして二人は振り向いた。
「ちょっと夢。勝手に……わあ」
花嫁兼母親を目の当たりにし、天は感嘆の声を漏らした。天に抱えられていた赤ん坊が意味の無い言葉を発した。名前は心。女の子だ。
「どうしたんだ二人とも、何かあったのか」
そういうと、菜緒に見とれていた夢が我を取り戻したように口を開けた。
「そうだパパ! ゆめね、思い出したの」
「思い出したって、なにを」
「ゆめの夢の続き!」
「夢の続き?」剛典は首を傾げたが、やがてあのことかと合点した。「ママが生き返ったってやつか」
「そう! ゆめね、さっきお星さまのお絵かきを見たの。それで思い出したんだぁ」
夢の内容を聞かされたのは一年前だった。あの日のことを今でも鮮明に覚えている。不思議な出来事が一日の間に起きすぎた。
まず起きたら、とんでもない二日酔いが襲ってきた。酒を飲み始めた記憶すらなかった。リビングでは、泣きべそをかく夢を天があやしていた。聞いてみると、朱音を不思議な力で生き返らした夢を見て悲しくなったという。ただ、何故娘が悲しんでいるのかが分からなかった。
その次は、ダイヤの指輪が消えていることに気づいた。引き出しの中に入れていたはずが、無くなっているのだ。
さらに不可解なのは、泥酔時の記憶がないのはわかるが、半日も覚えていないのだ。唯一記憶に定着しているのは、菜緒へのプロポーズである。
「それで、夢の続きって?」
剛典は先を促した。菜緒がいたが、彼は今すぐ聞きたい衝動に駆られていた。
「えっと、ママがゆめにいったの。ゆめのちからをちょうだいって。それでママにあげたの。そしたらママがお星さまに、どうか今夜の星は流れなかったことにしてください、って泣きながらお願いしたの」
どうか、今夜の星は流れなかったことにしてください。
まさか――。
いや、と剛典は頭を振った。娘の夢が現実だったのではと一瞬錯覚した。有り得ない話だ。死んだはずの朱音を生き返らせたなんて。それに、だとしたら何故朱音はいなくなったのだ。流れなかったことにしてください、とはそういう意味ではないのか。
一つ、憶測を閃いた。朱音は夫の再婚を知ってしまい、自分の存在が邪魔者だと悟った。それで消える運命を選んだのだ。ただ朱音はせめてもの抗いに、ダイヤの指輪を盗んだ。夫を取られた腹いせだった。朱音ならやりかねない。
しかし、やはりこれも、空想に過ぎなかった。彼は忘れることにした。
そういえば――。
もう一つ、あの日には不思議があった。
何故なのか。
目覚めた時、彼の手には、懐かしい指輪が填められていた。
最初のコメントを投稿しよう!