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プロローグ
好奇心が、人を殺してしまうこともあるんだなって、ようやく気づいたその時。
死を目前にした、ボロボロの少女の声が響いた。
「……ねえ、やめようよ。……の、呪われた運命が、繰り返すだけよ……ぐ……ぐ、ぐぅ……げほっ」
地面に這いつくばりながらむせる少女には、散りゆく花の影がゆらいでいた。
黒髪の隙間から見える横顔は、最後の栄華を誇るように綺麗で、魅力的で、儚くて……口から出続ける血もまた、悲愴で美しい。
「それ以上、話さないで! ほら、口から血が出てるし……かなりの量」
やり切れない憤りを無理やりに抑えつつも、僕は苛立ちを隠さず言い放った。
……すべて、僕の過ちだった。
知らなくていいことを知ろうとした、罰だったのかもしれない。
……知らない方が良い、ということが分からなかったのだ。
分からないままの幸せということが、理解できなかった。
知る欲求を満たすために、行動して……その先にあるのは、少女の断末魔だった。
……僕は、本当に愚かな奴だ。
怒りに身体を震わせて、僕は両手を胸のあたりで構えた。
「禁足の地に眠り続ける精霊達よ……今、ここに目覚めて、忌まわしきその力を解き放ち……この世のすべてを超越して……」
「やめて!」
悲鳴に近い声とともに、血が地面をぬらした。
もう、しゃべらないでと注意したのに。
少女の唇が、紅い。
死の匂いを漂わせて、紅い。
こんな無残な姿になって……くそ。
自分が許せない。
この子を救うためなら、どんな悪行もできたし、いかなる犠牲もはらうことができた。
何もかも捨て身だった。
そのぐらい、自責の念にかられて、その苦しみが死ぬ以上に苦しくて、後悔していて、申し訳なさでいっぱいだったのだ。
「封印されしあらゆる力を、今ここに終結させて……」
詠唱を続けるにつれて、僕の掌からは、無数の光が上空に飛び立った。
光はまるで命があるように、でたらめに動き回り、天を次々に輝きで染めていく。
「だめだよ……」
少女は、力のない声を出した。
生命の躍動感がまるで感じられない。
空は、光に満ちた。
光明が、あらゆる視界を支配した。
「こ、これは……」
詠唱を終えた僕は、光に重みを感じだした。
予想以上のものだった。
制御できないほどの重みであり、掌から押されて身体が後退する。
両脚でも踏ん張りきれず、やがて脚が浮いた。
「あ、うそ……」
そのとき、一瞬だけ地面に横たわる少女の顔を見た。
黄金の光が全身に満ち溢れていて、驚きと衝撃の表情とともに涙があふれていた。
「もう……本当にいやだ。行かないでよ、お願い。私を一人にしないで。ずっとそばにいて。こんな苦しい事、これ以上繰り返したくな……」
「あ……」
弱りきった少女の声を、最後まで聞き取れなかった。
僕は、掌から光をこぼしながら、疾風の勢いで背中から吹っ飛んだ。
枝を折りながら、あらゆる樹木にぶつかりまくる。
地面を何度擦っただろう。
砂煙で、視界はない。
水面を転がるようにして、川を渡った。
どれだけの距離、僕は吹き飛ばされたのだろう。
もはや、少女がどこにいたのかも分からない。
自分が今、どこにいるのかも知らない。
この世から、弾きだされたのだと思った。
それで罪が許されるのなら、それでいいとも思った。
その間、最強の防御を誇る、ネイピア数の魔法を使うことで、身体を青いオーラに包み込みながら、なんとか傷つかないようにするので精いっぱいだった。
「はあはあ……」
吹っ飛ばされる時間が終わり……。
何も見えないまま、僕は倒れた。
身体がいうことをきかない。
起き上がる気力が湧かない。
自分で出した魔法なのに、制御できないだなんて……。
身体のだるさ。
重さ。
魔力の消失感とともに。
心地よく、眠りに落ちていき。
自分の中のすべてが消失していくのを感じた。
風が闇に溶け込むように、心が暗闇で覆い隠されていった。
ゼロからのスタートを覚悟しつつ、僕は深過ぎる眠りに落ちて……。
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