1

2/3
80人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
 わたしがそうたずねると、庭戸くんはおどおどと視線を泳がせたあと、小さくうなずいた。ひとりで食べてるの? それには、すぐに。  いっしゅん見えた庭戸くんの顔には、由香ちゃんのうわさばなしどおり、大きな傷があった。左の口角から耳にかけてまっすぐにのびた、細めの大きな傷。にたあっと笑っているようにみえて、ほんとうに口裂け女みたい。  けがの手当てをされるときに座らされる椅子を、庭戸くんのそばまで持っていって、座る。  庭戸くんは、ふしぎそうに、気まずそうにした。 「ひとりで食べるの、さみしいでしょ?」  庭戸くんは、すぐに首を横へ振った。 「食べてるところ見られるの、いやなんだ」  マスクのなかで、ぼそぼそと答える。そういえば、庭戸くんの声はこんな感じだったっけ。意外とハスキーですてきなんじゃない。 「どうして? 顔に傷があるから?」  ずばり、きいてしまうと、庭戸くんはぎょっとしたようにわたしを見た。きっと、いままでこんなにはっきりきかれたこと、なかったんだろう。ちょっとストレートすぎただろうか。  だけど、庭戸くんはいやそうにはしなかった。なにかをあきらめたような、ほっとしたような表情のあとでいう。「傷見せると、気持ちわるいっていわれるから」 「気持ちわるい? だれにいわれたの?」 「みんないってるよ」 「そう? わたしはそんなこといわないから、大丈夫。そういうの、ぜんぜん気にしないよ」  庭戸くんにほほえんでみせて、わたしはいった。  自分でいうのもなんだけれど、小学生のときのわたしは、ちょっとした人気者だった。周りの子たちより字がうまく、習字の宿題ではいつも金賞をもらっていた。  字がうまい子は、頭もいいと思われがちだ。イメージをくずさないよう、一生けんめい勉強もした。その甲斐あって、ほんとうに頭がいい子の、つぎのつぎくらいにテストの点数がよかった。  クラスの人気者であるわたしが、そういう偏見をもってはいけない。どんな子とだって、分け隔てなく接しなければいけない。だから、そういってあげることが美しいことなんだと、本気で思っていた。 「ほんとに?」  庭戸くんがこわごわときく。 「うん」 「傷のこと、だれかと話したりしない?」 「うん」 「ぼくがここで給食食べてることも?」 「うん。だれにもいわないよ」  庭戸くんは逡巡したあとで、そっとマスクを外した。  傷を目の前で見たわたしは、おもわず、うっ、と眉をしかめてしまった。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!