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わたしがそうたずねると、庭戸くんはおどおどと視線を泳がせたあと、小さくうなずいた。ひとりで食べてるの? それには、すぐに。
いっしゅん見えた庭戸くんの顔には、由香ちゃんのうわさばなしどおり、大きな傷があった。左の口角から耳にかけてまっすぐにのびた、細めの大きな傷。にたあっと笑っているようにみえて、ほんとうに口裂け女みたい。
けがの手当てをされるときに座らされる椅子を、庭戸くんのそばまで持っていって、座る。
庭戸くんは、ふしぎそうに、気まずそうにした。
「ひとりで食べるの、さみしいでしょ?」
庭戸くんは、すぐに首を横へ振った。
「食べてるところ見られるの、いやなんだ」
マスクのなかで、ぼそぼそと答える。そういえば、庭戸くんの声はこんな感じだったっけ。意外とハスキーですてきなんじゃない。
「どうして? 顔に傷があるから?」
ずばり、きいてしまうと、庭戸くんはぎょっとしたようにわたしを見た。きっと、いままでこんなにはっきりきかれたこと、なかったんだろう。ちょっとストレートすぎただろうか。
だけど、庭戸くんはいやそうにはしなかった。なにかをあきらめたような、ほっとしたような表情のあとでいう。「傷見せると、気持ちわるいっていわれるから」
「気持ちわるい? だれにいわれたの?」
「みんないってるよ」
「そう? わたしはそんなこといわないから、大丈夫。そういうの、ぜんぜん気にしないよ」
庭戸くんにほほえんでみせて、わたしはいった。
自分でいうのもなんだけれど、小学生のときのわたしは、ちょっとした人気者だった。周りの子たちより字がうまく、習字の宿題ではいつも金賞をもらっていた。
字がうまい子は、頭もいいと思われがちだ。イメージをくずさないよう、一生けんめい勉強もした。その甲斐あって、ほんとうに頭がいい子の、つぎのつぎくらいにテストの点数がよかった。
クラスの人気者であるわたしが、そういう偏見をもってはいけない。どんな子とだって、分け隔てなく接しなければいけない。だから、そういってあげることが美しいことなんだと、本気で思っていた。
「ほんとに?」
庭戸くんがこわごわときく。
「うん」
「傷のこと、だれかと話したりしない?」
「うん」
「ぼくがここで給食食べてることも?」
「うん。だれにもいわないよ」
庭戸くんは逡巡したあとで、そっとマスクを外した。
傷を目の前で見たわたしは、おもわず、うっ、と眉をしかめてしまった。
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