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「赤い情熱は、永久凍土を溶かす愛の不死鳥。ようこそ、恋愛法レジスタンス『ラブラブアイス』へ」    なんとか難を逃れ、連れて来られたのは大学敷地内の建物だった。私立対置物技術大学の理工学部キャンパス。一階は生協で、地下一階は食堂。二階~五階は講義する部屋で、六階は存在しないことになっている。   しかし、五階にある講義部屋は、実際には講義で使用しない。黒板消しの裏に秘密部屋があり、そこの階段を登って六階に行く。そこに広がるのは、恋愛レジスタンス組織、ラブラブアイスのオフィスだった。  ラブラブアイスは微妙な組織名だが、片桐のアドバイスによると「もし恋愛犯罪系に巻き込まれたら、この組織に駆け込んで仮面カップルを作れ」とのことだった。世の中には俺と同じように、恋愛をしたくない人間が少なくないようで、ここではそういった者同士が形だけのカップルになるあっせんをしてくれるのだ。  ソファーに腰かける俺。向かいに座る、赤いシャツに白いスラックス――ラブラブアイスのユニフォームを着た白髪のおじさんは、総帥と呼ばれ、一応この組織の一番偉い人らしい。ここまで誘導してくれた、同じく赤いシャツに白いスラックスの30代ぐらいのさわやかなお兄さん――アドバイザーと呼ばれている人が、俺の隣りに座っている。  総帥は、灰皿でタバコの火を消した。 「そこの学ランのキミ」 「は、はい」 「そんなキョロキョロして。我々の組織名が、馬鹿っぽいとか考えてないかい?」 「思いもよりません。とってもセンスが良くて斬新だと思います」 「そうか。それなら良いんだが」  隣りに座るアドバイザーは、俺に耳打ちした。 「早く提示した方が良いよ」  俺は慌てて、財布から会員証を出して、提示する。  納得した様子で総帥は、大きくうなずいた。 「あ、なんだ。会員さんですね」 「はい。奥原利久と申します」  俺は恭しく会釈をした。アドバイザーが、俺の方を手で指し示す。 「奥原くんは今、恋愛法で裁かれる身になっています。しかも、調査員のレンケンを邪魔して逃げてきた為、公務執行妨害付きです」 「そうか」  総帥は、突然立ち上がった。 「我が『ラブラブアイス』に、どうかお任せを」 「あ、ありがとうございます」  俺は、おどおどした小声でお礼を伝えた。  総帥は得意げに話しだした。 「奥原くん。我々の組織は凄いんだぞ。ラブラブアイスでは、恋愛法に立ち向かうための工作員があちこちにいるんだ」 「え? 仮面カップルあっせんの専門所じゃ……」 「ああ。仮面のあっせんもそうだが、元々は恋愛の活性化を目的としている。最初は仮面でも、段々と愛情が湧いてくるのが人間だからな」 「そんなことはないと思いますが」  俺がよほど怪訝な表情をしていたのかどうか。総帥はそれ以上、押してこなかった。 「まあいい。それはともかく……たとえば、政治家の日本解決党の田中町津輔さんは、十五歳から半年で逮捕だった恋愛法を、一年に延長する改正をして、逮捕される人を激減させたんだ」 「マジですか!」 「科学者の戸仲間慶子さんは、『法律による拘束のない世界で恋愛をしてこそ、人は真に幸せになれる』という論文を発表したんだ」 「それはテレビで見たことがありますけど……まさか、工作員活動だっただなんて」 「あとは、『紅いバラ姫』の著者、大河流人はラブラブアイスの創立者だよ」 「ほ、本当ですか!」 「法律に縛られることのない、純愛を啓蒙しようと、一生懸命書いたんだ」 「なるほど、確かに……そうですね」  かなり驚きだ。良くも悪くも、俺の人生に影響を与えた一冊。それは、この秘密結社の創立者が生みの親だったのか……。総帥のラブラブアイスのユニフォームが、急に神々しく見えてきた。 「その他にも。我が工作員が、テレビ番組でデートの素晴らしさを紹介し、恋愛を活性化している。また、街コンや地域コン、趣味コンなどでをたくさん開いて、多くのカップルを作らせているし。あと、整形手術の天才、一野手駿五郎さんもラブラブアイスの息がかかった人間で、多くの人造美男美女を世の中に送り出して、恋愛推進を大いに行なっているんだ。……どうだね、ラブラブアイスは、凄いだろう?」 「は、はあ」 「あ、今の全部内緒でお願いね。私、口が軽いんで。本当は今の全部、極秘情報だから」 「わかりました」  自分の説明に酔いしれた様子で、総帥は満足そうにうなずいた。 「よし。それでは、ラブラブアイスの恋愛推進活動の一環として、今から奥原くんの仮面カップルとなる相手を紹介する。……いいかね。これから来る人たちの誰かが、奥原くんの未来の彼女候補だ」 「わ、わかりました。ありがとうございます」 「さあ、女の子たち。入りなさい」  総帥が手を叩くと、5人の女の子が部屋に入ってきた。皆それぞれ個性的な服装で、俺と同世代っぽい。この女の子の中に、華菜がいないかな? ……とふと思う。いるはずないけど。華菜は今も、バラのトゲで血を流しながら、俺の心の中で微笑んでいるに違いない。  さて総帥は、女の子達が並んだのを確認すると、カップル成立のシステムを簡単に説明した。 「今から、女の子達が奥原くんに質問をする。それで、女の子が納得するような受け答えを奥原くんが出来たら、カップル成立だ」 「わかりました」  仮面と言えど、ある程度フィーリングが合わないとダメってわけか。それにしても、和服に学生服、ゴスロリ系とか、女の子達のファッションはさまざまだった。 「こんにちは」  最初に挨拶したのは、スーツ姿の眼鏡女子。黒縁の眼鏡に手を当てて、なんとなくインテリジェンスな感じがする。タイトなスカートに、すらっとした美脚。セクシーな雰囲気もあるが、視線が少しキツイ。 眼鏡の奥から覗き込むようにして、俺を見た。 「奥原さんは、好きな食べ物は何ですか?」 「エナジーメイト。あと、パワーインゼリーとかも好きだ」 「ごめんなさい。緑黄色野菜のジュースでしたら、お付き合い出来ましたのに……残念です」  眼鏡女子は、表情を全く変えずに、方向転換。足早に部屋を去って行った。……正直、もう少し考え方やフィーリングを確認するような質問がくると思った。 「よろしくお願いします」  次に来たのは、黒いメイド服というか、ゴスロリ風ファッション。黒のフリルドレスに白のレースがついた服を着た女子。頭には、なにやらナプキンが。黒タイツの足を揃えて、行儀良さそうに微笑む。眼が大きいのが特徴だ。 「奥原さんは、好きな物語はなんですか?」 「紅いバラ姫」  目の前には、なよなよした動きで、ペコリとお辞儀する風景。 「申し訳ございません。冒険物語じゃないと、私、絶対に嫌なんです」  ゴスロリ風の女子は、黒のフリルドレスをなびかせて、部屋を出て行った。  「なかなか決まらないですね」  隣りに座った、アドバイザーは残念そうにつぶやく。……二人が終わり、あと三人。この中で、なんでも良いから仮面で付き合う相手を見つける必要があった。 「よろしく」  小声で一言つぶやいたのは、見るからに女子高生。うちの高校の制服ではないみたいだ。ブレザーの右胸元に、学校のワッペンがついている。金髪のストレートパーマは、そのワッペンが隠れるぐらいに長い。ピンクのワイシャツを着て、赤い大きなリボンをつけていた。胸元がなんとなくだらしなくはだけているため、リボンも垂れ下がるような感じになっている。ミニスカートのその女子は、自分によほど自信があるのだろうか。眼に、とても力がある感じがした。もっとも、メイクのせいかもしれないが。 「女の子は、カワイイ系とセクシー系、どっちが好き?」 「見た目ももちろん大事だけど。……しゃべってみないと、決められないかも。一緒にいて、性格が合うかが分からないと、何とも言えないよ」 「ビジュアルを重視しない人とは、お付き合いできないです」  ……とっとと部屋を去った。  次に来たのは、部屋の中なのに、赤い傘をさした、花柄の着物を着た女性。頭に、こぶみたいな装飾品がついている。髪型は、真ん中分けでさらっと肩の辺りまで、左右にたらす感じだ。草履を履いた、そのたどたどしい歩き方で、俺の目の前に来た。 「和風と洋風、どっちが好きですか?」 「両方」 「……私の服装を見ていながら、あえてそういう受け答えをするんですね。とても残念です」  傘で顔を隠すと、歩きにくそうな草履で去っていた。……確かに、今のは俺が悪かったかもしれない。見た目通りに和風と答えておけば、正解だったんだ。ちょっと失敗したな。 「よろしくお願いします」  最後は、カラーコンタクトをした、黒髪に赤のメッシュが入ったおしゃれな女の子。制服から、うちの学校の生徒のようだ。どこかで見たことあるような気がする。この子、わりと有名なんじゃないのか。見てくれが目立つということもあるし。それだけじゃなくて、何かで有名なはずだ。 「私はアズ・ロンゼル・メイリー。趣味は占いよ。気軽に、メイリーと呼んでね」 「ガイコク人の方ですか?」  俺は思わず質問した。 「両親とも日本人」 「そ、そうですか」 「占いは、好き?」 「わからない」 「どうして?」 「占ってもらったことが、一度もないし。そういうの、よくわかんないから」  メイリーと名乗る女の子は、不敵に微笑んだ。 「トランプ占いで、スペードのジャックが薄気味悪く微笑んでいたわ。今思えばそれは、あなたとの出会いの祝福だったのかもしれない」 「は、はあ」 「今日からよろしく」  深々とお辞儀。俺も、なんとなく合わせてお辞儀し返す。  アドバイザーは、目を爛々と輝かせて言った。 「どうやら、決まったみたいですね!」 「何が?」 「分かっているくせに」 「……うう」 「うれしい悲鳴ですね!」  いくら仮面とは言え、どうしても恋愛をしたくなくて、思わずうめき声が出てしまった。俺は感情を隠すように、無言で契約書を手に取った。   そして、とりあえずサインをしたのだった。   正直、サインの瞬間、沙里の顔が浮かんだ。でも……こうしないと、俺は逮捕されてしまう。沙里の誕生日まで待っていられないんだ。それに、もともと恋愛付き合いじゃなくて、友達付き合いだし……悪く思うな。   それにしても、……俺はこのメイリーという女性を、あまり信用できなかった。なんというか、とても言葉で言い表すことが出来ないのだが。占いという胡散臭いものを扱っているのに、多少なりとも影響されたのかどうか。いや、そういう類のことじゃない。理屈抜きで、メイリーの醸し出す雰囲気に、何とも言えない違和感があるのだ。そこが、どうも引っかかっていたのだが。一方で、とりあえず今は、恋愛相手を作ることが先決だった。   アドバイザーは説明する。 「本日より、あなたは恋愛徳政令が適用になります」 「何ですか、それは?」 「知らないで、ここに来たんですか」 「ええ、まあ」 「恋愛法特別規定、つまり恋愛徳政令。恋人を作る為なら、一時的にあらゆる法律を無視することが許されます。彼女が出来た今、この法律の適用により、あなたのレンケンで引っかかった罪や、公務執行妨害の罪は雲散霧消するはずです」  これでもう、追われることはない。思わず俺は、安心と不安の混ざったため息が出た。     俺たち二人は、恋愛証明書をつくるために、早速役所に行くことにした。   メイリーは、よほど男慣れ、あるいは恋愛慣れしているのか。いきなり右手で俺の手を握り、歩いた。   俺は、第一関門、名前を呼ぶに挑戦した。 「ね、ねえ。メイリー」 「なに、ダーリン」 「……その呼び方。やめてくれない?」 「何て呼べば良い?」 「普通に、奥原で」 「苗字で呼ぶカップルなんて、おかしいじゃない」 「じゃあ、リク」 「わかった。リクさん」 「メイリーはなんで、あの秘密結社に行ったんだ?」 「占いのダイスに導かれるがままに」 「……とりあえず、俺と同じ理由って思っておくぞ」 「ねえ、一枚引いて」  どこにしまっていたのか、メイリーはトランプを出した。慣れた手つきでトランプを切り、孔雀の羽のように、裏側を俺に見せながらトランプを開いた。俺は一枚引き、メイリーに差し出す。メイリーは、不敵に微笑んだ。 「なるほどねえ。私と付き合うことで、リクさんは今までにない体験が出来るかも。ふつつか者だけど、よろしくね」 「ああ、まあ」 「ありがと」 「一緒に仮面カップル、頑張ろうな」  俺の言葉に、トランプをしまおうとしたメイリーの手が止まった。ちょっと険しい表情があった。 「仮面じゃない」 「いや、仮面だろ」 「違う」 「ラブラブアイスのおっさんも、仮面だって言ってたぞ」 「けど、いずれ愛情が湧いてくるって、言ってたでしょ?」  俺は首をブンブン振った。  そんな俺を無視するように、メイリーは再びトランプを出してみせた。 「二人が出会ったのは、運命」 「運命。その通りだ」 「分かっているじゃないの」 「でも、恋愛感情があるかどうかは別」 「だから、そのうち湧いてくるって」 「そうか」  俺は面倒くさいので、空返事しといた。  メイリーはおそらくふてくされているのではないかと思ったが、別にそれでもかまわないと思った。別に好かれたいとか思ってないし。  俺たち二人が市役所に向かう道中。 「ちょっと待った」 「ん?」  振り向くと……ガタイの良い、黒スーツの調査員が3人。 「ああ!」  逃げようとしたら、二人の調査員に、いきなり左右の腕を掴まれた。がっちりかためられて、投げ飛ばすことも出来ない。 「痛いだろ、もう少し力抜けよ!」 「そうか。もっと強くしてやる」 「い、いてててて」  くそお、マジで強い。腕が、折れてしまう。浮き出る血管。管からぴゅっと血が出てきそうだぞ。目が自然に潤む。 「お前は、公務執行妨害つきだからな。覚悟しろよ」  俺を逃がした調査員は、鋭い眼光で俺をにらみつけて言った。  俺もにらみ返したいが、腕が痛くて目力どころではない。 「リクさん、大丈夫?」  メイリーが、心配そうに見つめる。 「誰だ、貴様」  うっとうしそうに、調査員はメイリーに言った。  メイリーはふくれっ面をして、必死に反抗する。 「私のリクさんに、何するのよ」 「うるせえな」 「まあ、ひどいしゃべり方」 「こいつは犯罪者なんだよ。だから、雑に扱って当然なんだ」 「犯罪者じゃない」 「何も知らない奴が、余計なことを言うな」 「知ってるよ」 「は?」 「私、この人の彼女」  全員、凍りついた。 「か、彼女だと?」 「はい」  メイリーは、平然と答える。  調査員達は、かなり動揺しているようだった。……俺の腕をつかむ力がゆるんできた。  そのスキに俺は、するっと腕を抜いて自由になった。 「あ、犯罪者。何をする」  すかさずメイリーは、俺と肩を組んだ。メイリーは頭を、俺の肩に倒す。 「見て下さい。俺たち、立派なカップルですよ」  三人の調査員達はお互いに見合う。  やがて輪になって、話し出した。俺のことを捕まえるのはすっかり忘れて、ひたすら焦っている。 「おい」 「おい」 「これは」 「ああ」 「恋愛徳政令、適用なんじゃないのか」 「しかし」 「奴は公務執行妨害したが……」 「いや、恋愛徳政令を適用した場合は……」 「だが、あいつは……」  15分間ぐらい、続いた。  そして。  調査員達の考えがまとまったようだった。 「仮面カップルじゃないのか?」 「俺たちの目をくらますために、一時的にいちゃいちゃしているだけだろう?」 「いやあ、その」  俺はつくり笑いを浮かべた。頭をぽりぽりとかく。  しかし、メイリーは真顔で言い放った。 「私は、心から愛しています」  一斉に調査員たちは、疑いの目でメイリーをにらみつける。 「恋愛証明証は?」 「そんなのないよ」 「それじゃあ、ダメだろ」  調査員達は小馬鹿にするようにして笑った。 「そんなもの、必要ない。お互いに付き合っていると認め合っていれば、書類がなくても法律上は問題ないはずよ。書類なんてあとで作ればいいのよ」 「そ、そうです」  俺も弱い作り笑顔で相槌を打った。  メイリーは毅然と主張する。 「お互いに愛し合っていると認めているんですから、これ以上、何を証明する必要があるんでしょうか」 「そうです、そうです」  俺も、必死になって、うんうんと、頭を上げ下げした。 「うそばっかり、ついてんじゃねえよ!」 「うそなんか、ついていません!」  ギュッと抱きしめながらメイリーは俺に、熱い口付けをしてきた。  二人のときが止まる。唇は離れない。 「……」  ……しばらく、時間が過ぎた。  眼を開けると、そこには誰もいなかった。 「やったね」 「ああ」  メイリーはあどけない顔で笑って見せた。      キスを終えて、メイリーが見ていないときに口を拭きまくった。リップクリームを塗り、口臭スプレーを口の中にした。それでもまだなんか嫌な気がしたので、ニンニク入れまくったラーメンを夕飯に食べるつもりだった。  
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